「イギリス初の発声映画はヒッチコックの罪と罰」
絵の中の道化がこちらを指差し笑う。罪を犯した主人公が罪悪感にさいなまれ、そして恐喝、ゆすられる。そんな主観的な心理を実にイギリス初、ヒッチコック初の「声」で描写する。
いやはや、この演出には驚いた。自身が「トーキーの実験」と語る映画における「声」の使用は、主人公を追い詰める効果、観客の心を吊るす、つまりsuspensus:サスペンスのためであるというあたり、流石、サスペンスの神様だ。
ナイフ!ナイフ!!ナイフ!!!
アニー・オンドラ扮するアリスの着替えのシーン、ヒッチコック特有の「覗き趣味」が炸裂する。背中のチャックに手が届かない描写やら、非常にエロティック。そして、このアリスが一線を越える瞬間を、手と揺れるカーテンで見せきってしまう。
「サイレント映画の悪役が決まって口ひげ」ということを逆張りした上で、シャンデリアの鉄格子の影が顔に重なり、口ひげがあるように見える撮影。ヒッチコックは、それを嬉々として語っているが、何と極まった演出か。観客を裏切るサービス精神が詰まっていた。
ちなみに劇中では「風呂で溺死させるという事件があったわ。あの事件以来怖くて風呂に入れなかったわ」という愚痴る女性がいる。「被害者の名前は誰だったかしら」後に映画史上最も有名な殺害シーン、シャワールームで殺される『サイコ』のマリオンへの伏線……というわけではない。
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