シュトルム凸映画鑑賞記録用改め

旅情のシュトルム凸映画鑑賞記録用改めのレビュー・感想・評価

旅情(1955年製作の映画)
4.0
キャサリン・ヘプバーン演じる美しい熟女。旅先のヴェニスの妙なる風景の下(行ってみたくなる一流のヴェニス観光案内!)、自分を変えたいと志すが、臆病な自尊心が行動に踏み出させない、その様の描き方がリアルで見事である。
この女はこれまでの人生でこうやって色々なチャンスを逃してきたんだな、という前半生がキャラクターの設定を越えて実感として迫ってくる。女ながらに童貞を拗らせたようなネガティヴ思考。最初はちょっとしたボタンの掛け違いだったのかも知れないが、ささいなミスからの連なりが彼女を自尊心で心を鎧ろう寂しい女にしたのだろう。そんなリアリティがある。
その点では、『マーティ』や『バッファロー'66』のような作品に通じる感慨、孤独な「我々」の物語を描いてくれているという感慨を抱く。しかし、これを男ではなく女を主人公として描いたのがこの作品の肝だろう。
そしてヘプバーンの相手役となる中年の古物商(ロッサノ・ブラッツィ)は、ヘプバーンの頑なさをイタリア式にとき解す。腹が減っていれば、理想などうっちゃって、飢えを満たせ!という直截的な迫り方がつい考え過ぎる我々に何かを迫ってくる。いや、いくらなんでもそれは…と思ってしまう我々は所詮、ひ弱な文明人なのかも知れない。確かにそれで、孤独=飢えは癒えるのだ。
やがて別れの時がくる。何故別れを切り出したのか。女は愛が永続しないのを知っている。夏の終わりが迫っているからだ。女は二度と飢えたいとは思わない。
あの夜、男は川に落ちてしまったクチナシに手が届かなかった。クチナシはダンスパーティの時に贈られる花だ。私は幸せです、という意味だという。別れの時、女もクチナシに手が届かない。だが女の表情は涙の中で愛を掴んだようにも思える。涙は止まらない。