アニマル泉

ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン/ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマンのアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
シャンタル・アケルマンの出世作。主婦ジャンヌ(デルフィール・セイリグ)の毎日は忙しい。家事、子育て、仕事と止まることなく動き続けている。ジャンヌの秘密は仕事が売春であることだ。そしてジャンヌが動きをやめた時に事件が起きる。
アケルマンの本作のスタイルは特異だ。セリフが極端に少ない。ジャンヌに密着しており、しかも場面の多くが一人だからだ。息子との会話もほとんどない。映像は固定のロングショットによるワンシーン・ワンカットだ。そしてワンカットが尋常ではない長さである。食事場面はスープを食べ始めたら食べ終わるまでワンカット、ジャガイモを剥き出したらむき終わるまでワンカット、といった具合だ。ジャームッシュは本作の影響を受けている感じがする。「私、あなた、彼、彼女」でも感じたがアケルマンとジャームッシュは非常に近い気がする。
一人の場面が多いので背景の壁や家具が印象的になる。キッチンのタイル、寝室の大きな家具、窓は外景を遮断している。この閉鎖感は小津安二郎のセットを彷彿させる。本作は「壁」の映画である。一方で移動空間は徹底的に縦構図にこだわっている。廊下、歩道、エスカレーター、常にジャンヌは縦構図を歩く。家の玄関は廊下の奥に横付けした設計で出入りはオフになる。この設計も小津の定番だ。本作はオフショットが多い。音や声が重要だ。売春の客が来る時に切り取ったサイズで顔を見せず、寝室に入ると同ポシでジャンプカットして行為そのものは大胆にオフる、この感覚はブレッソン的だ。芝居の多くは画面の奥で演じられる。
本作は3日間の物語だ。ジャンヌの日常は規則的であり、アケルマンはそれを同アングルで反復する。ブニュエル的だ。しかしそのジャンヌの日常がわずかづつ狂っていく。イモ料理に失敗する、食器を落とす。カメラアングルもだんだん変わっていく。開けなかった家具を開く、キッチンの窓を開ける、その度にドキリとする。わずかな変化が事件を予感して胸騒ぎを覚える。玄関の呼び鈴が絶妙なタイミングで響き、緊張感がピークになる。平凡な日常を描いてるのに何かが起きそうな不安が高まっていくサスペンスが本作の真骨頂である。なかでもとても怖いのがジャンヌが動きを止めてじっと座り込んでしまうショットだ。セリフもなくジャンヌが一人座るロングショットが延々と続く。不気味だ。あまりに長いので段々と様々な意味や思いが湧き上がってくる。象徴的なのがまさにラストカットのジャンヌのノンモンの長いミドルショットだ。この異様な長さで本作は終われた。
ジャンヌの衣装や壁のモスグリーンや黄色が美しい。カラービスタ、200分。
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