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キューティー&ボクサーのchi6cuのレビュー・感想・評価

キューティー&ボクサー(2013年製作の映画)
5.0
今まで観た、人物を追ったドキュメンタリーの中でずば抜けて面白く大好きな作品。アートに生きる、アートのみで生きていく事の過酷さ、そしてアーティスト同士パートナーになるということの残酷さを克明に描きながら、ユーモアにあふれ、なによりも愛に満ちた傑作。

恥ずかしながら、篠原有司男は日本で初めてモヒカンをした人、くらいしか知らず。予告でボクシングペイントの画像を観てもそこまでピンと来なかった。ただ、アーティスト同士のカップルが夫婦生活をどのように折り合い付けて老いていくのかが気になって鑑賞した。
実際、作品も生活も想像より遥かに美しかった。
作品は著名な現代芸術家篠原有司男(以下ぎゅーちゃん)の妻、乃り子の視線に寄り添った構成をとっている。22歳、年の離れた二人だが、ぎゅーちゃんはとても81歳には見えない。声もハリがあり若々しく、思考も早く、無邪気に無心に制作して、作品は信じがたいほどの力を持っている。
一方、22歳年下の乃り子さんは美しい生命力を湛えながらもどうしても実年齢より年老いて見えた。22歳も年が離れていながら、二人は同世代のように見えるのである。
ぎゅーちゃんは子供っぽく作品もがむしゃらに前進しているが、乃り子さんは大人びていて、作品にはすでに回顧的目線で冷静なのである。
乃り子さんの作品は魅力的。映画では彼女の作品「キューティ&ブリー」と二人の歩みをリンクして表現しているので特に彼女の考えや作風に共感し、ハラハラしながら観ることができた。
絶望的にぎゅーちゃんを愛する乃り子さん。
彼の恋人であり、妻であり、批評家であり、母であるが、ライバルにはしてもらえない。
ともに制作をする人間にとって、きっと見えてしまうのはお互いの絶対的な立ち位置の違いでその違いを自覚しながらもどうしようもなくお互いを求め続けるということはなんて切なく幸福なのかと思った。
乃り子さんの作品は本当に愛らしい。でも、ぎゅーちゃんの作品は、ずば抜けて素晴らしいのである。
顔や性格の好みが一致して恋に落ちても数年したら飽きてしまうことがあるけれど、才能を愛してしまった場合はもうきっと離れることはできない。
「アートは悪魔だ」とぎゅーちゃんは言うが、乃り子にとって、まさにぎゅーちゃんとの出会いは悪魔との契約だったのだと思う。世界で一番、彼を愛すると。
ぎゅーちゃんにとっても乃り子は世界一の支援者で正確な批評家。全世界を敵に回しても確実に乃り子さんはぎゅーちゃんを評価し守るだろう、という強烈な愛の強さを感じて腰が抜けそうだった。

一方で彼女はアーティストとしての自分を再度愛する時期に来ている。評価を受ける、勇気を持つ時なのである。
二人展。
乃り子さんの作品を観てそわそわするぎゅーちゃんに対し嬉しそうに「嫉妬する?」と聞く乃り子さんが最高にキュートだった。
世界一好きなアーティストが自分の夫で、どこまで行っても彼に追いつけないけどそのアーティストはどうしようもなく自分を愛している。
最高のラブストーリーだった。
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