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心が叫びたがってるんだ。のchi6cuのレビュー・感想・評価

心が叫びたがってるんだ。(2015年製作の映画)
4.8
名作だと思う。
泣けるとか泣けないとかじゃなくて、非常にシンプルなつくりをしているストーリーなのに、大事なことがたくさん詰まっていた。
高校生とは、一生のうちで後先考えずに本音を言うことが出来る最後の世代なのかもしれない、と思った。最後の純粋な時。

開始3分にして強烈な地獄に叩き込まれる主人公の順。
子供というのは親の行動、発言、発する空気によって人生を狂わされ、それに絶対に抗うことが出来ない哀れな生き物であるということを痛感し、観客全員がため息をついてしまう。
必死で生きる親たちの元、存在を忘れられた子供たちの物語でもある。
真実を口にしたことで母を傷つけ、かけがえない家族の形を失ってしまった順は、たまごの妖精によりおしゃべりを腹痛で封じられ、ひたすら静かに一言も発することなく青春を迎えてしまう。
言葉に対する恐怖と降り積もる「本当に言いたいこと」。それを解放させたのが同じく孤独な少年、拓実だった。

この作品は傷つけられた孤独な子供たちの物語であり、そして恋の物語である。
人が、何かを原因に傷つく。
もちろんその原因は全員違って、でも等しく傷を抱えてその傷のせいでうまく立ち回れない。
しかし、現状を変えたい。
その衝動で動けるということが、青春なのだ。その一番の原動力はいつも恋だ。
この作品の恋の形は非常に複雑で、始まり、終わり、継続し、そして始まる。思い通りにいかない恋の難しさも青春で初めてわかる世界の摂理だ。
それの恋を動かすのも、やはり悲しいかな言葉なのだけど。

アニメ映画の醍醐味は「どう見ても覆せなそうな困難が覆りハッピーエンドに向かう瞬間」であると思う。
何があってもアニメの描くものは希望であるべきだと思うし、その希望をアニメと言う技術は最も奇跡的に見せてくれる。
登場人物の表情の豊かさ、現実離れした行動力、そして世界が変わるエフェクト。
この作品における奇跡は、現代的なごく普通の無気力な高校2年生のクラスが、地域交流会という地味なイベントのためにオリジナルのミュージカルを作り上げるということである。
はっきり言って、絶対にありえないと思って見ていたが、それがありえてしまう流れが非常に見事だった。
脚本がとにかくうまい。
非現実的な表現を極力抑えたこの脚本は、観る人によっては「アニメである理由がない」と言うかもしれない。
でも、世界を救うでも、人が死ぬでも、魔法を使うでもない、苦しき青春を送る少年少女たちに起こるささやかな奇跡をこんなに丁寧に見せてくれる、こんなアニメは絶対に有意義だ。


「心が叫びたがっているんだ。」叫びたかったものとは、その言葉とはなんなのか。
この映画が教えてくれるのは、言葉は人を傷つけ、言葉は取り返しがつかず、言葉は恐ろしい。
しかし、言葉でしか人には伝わらず、伝えたい言葉は決してとどめてはならないということ。どんな結果が待ち受けようとも。
叫びたいほどの言葉の衝動を放出した少年少女たちの美しき姿と、それに魅せられ自身の悲しみを、不安を解放する大人たちの姿にこらえきれずに涙した。
順の心の叫びをクラス全員で具現化するラストのミュージカルシーンは思い出すだけでも胸が苦しい。
歌詞、その言葉一つ一つを何度も噛みしめて、私自身のトラウマさえも浄化されるようだった 。


心に直接触ってくるような青春映画は少ない。
等身大の「普通の高校生」な少年少女に、
自分たちの身にも起こったかもしれない言葉の失敗と、
勇気を出せなかったせつなさや、
さみしいと言えなかった悲しさや、
諦められない悔しさを、
洗いざらい見せつけられ、きっと「いい大人」になる覚悟が持てる。
普通に生きていても、どうしても傷ついてしまう現代だからこそ、そして傷ついてきた大人だからこそ。

映画鑑賞後は、きっと言葉に対しての考えが少しだけ変わる。
慎重に、考えて話す。
家族を、友人を、愛する人を、今以上に大事にしようと気使う。
そして自分の抱えた傷の存在に向き合おうと思える。
こういう作品が、名作だと思う。
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