ろ

嗤う分身のろのレビュー・感想・評価

嗤う分身(2013年製作の映画)
5.0

「あなたの考え方を直しましょう。自分がイヤだと思う他人からの言葉にも慣れていけばいいんです」
「あなたが笑顔でいたら、それが周りの人にもいい影響を与えるんです。だから周りのためだと思って、毎日楽しく過ごしてください」
しんどさや悩みを頑張って打ち明けても、こんな言葉が返ってきて一気に醒めた。
悪気がないのは分かってる。ただ「ポジティブは万能だ」と信じる人の言葉って、凶器だなと思う。

地下鉄の蛍光灯がちらちらと顔を照らす。
二人しかいない車両で、そこは俺の席だからどけと言われた。
何も言わずに席を譲った。
目的の駅に着いた。ドアをふさいで作業している人がいた。
慌てて降りたら鞄がドアに挟まって、そのまま持っていかれてしまった・・・
勤続7年目のサイモンを会社の誰一人覚えていない。
認知症の母は、会社のCMに出た息子の顔を判別できない。
駅のホームでもパーティーでも、自分の“存在感のなさ”が邪魔をする。
同僚・ハナに声を掛けたいサイモンは、自分を変える決心をした。

「まるで自分が外側にいる感覚さ。たとえば手を伸ばしたら自分の体をすり抜けるみたいな。なりたい男のタイプも自分で分かってない、やるべきことをやる能力が僕にはない。まるでピノキオだ。木で出来た少年さ。本物じゃない。悲しすぎるよ」

行きつけのレストランでコーラの1本も出してもらえなかった今までの僕。
だけどおニューな僕は違うぞ、夜なのにブレックファストを出してもらえる、ビールだってつけてもらえる。
僕のジョークを聞きにみんなが僕を取り巻く。
女の子は選び放題!要領よく仕事をこなして、出世街道まっしぐら!
今までのサイモンができなかったことすべてを叶えていく分身・ジェームズ。
しかしジェームズはサイモンの想いやスキルを使って、彼の大事なものを奪いつくしていく。

「死んでも平気さ、もう慣れたよ。だがお前は命が一つ。ないんだよ、2度目のチャンスなんて」

毎晩10本の指先を切り、その血で絵を描いてはちぎり、排風ダクトにそっと捨てるハナ。
その様子を見て、急いでゴミ捨て場から彼女のアートを救出するサイモン。
ハナがちぎって捨てた一枚一枚を、サイモンが丁寧に拾い集めてスクラップブックに保管する。
あなたが望遠鏡で私を覗いているのを知ってる。だけど不思議と安心するのよねとハナは言う。
好きな人の孤独な苦しみを、自分の孤独と重ね合わせて愛おしむ。
サイモンの愛のカタチは究極だと思う。

ジュークボックスの”FAVORITES” 22番「上を向いて歩こう」。
感情が振り切れたときに一瞬だけ燃える、赤・黄・青の光・・・

みんなが描く理想に、自分を近づけようとしなくていい。
みんなに顔や名前を覚えてもらう必要なんてないし、初めからあなたは存在しなかったんだと言われたっていい。オンリーワンだと思えるいまの自分がいい。
誰に何を言われてもありのままの自分が特別なんだと言える強さ、それがあれば無敵だ。


( ..)φ

「イレイザーヘッド」みたいなエレベーターにワンルームの一室。
アキ監督みたいなムード歌謡と照明、ギリアム監督風味の職場。
カメラワークも演出も、私の好きが詰まっていてすごく好みだったし、私の見る夢もだいたいこんな色してるからなんだかホッとした。

「そんなこと言ったって社会に出てからは誰もあなたの話なんて聞いてくれませんよ。まぁここは就労支援をする場所だから聞きますけど」
あなたが考え方を変えればいい。
あなたがイヤなことにも慣れれば済む話じゃないですか。

「周りの人のためだと思って、ニコニコ楽しく過ごしてください」
この2週間、沈みっぱなしの自分の気持ちを無視して、毎日頑張って楽しく振るまった。泣きそうになるのをこらえて、なんとか笑顔で会話した。
そうしたら断薬して以来月に一回あるかないかだった希死念慮がぶり返して、毎日死にたくてたまらなくなった。

ありのままの自分と周りから言われる言葉のギャップが大きすぎてツライ。
自分の本音・これだけは伝えたい!って思ったことをパニックの発作が出ながら話しても、いくらアサーションを意識しても、「あなたのその辛さはあなたの責任」「あなたが飲み込めばいいだけの話」で終わっちゃうんだもん。簡単だよね。

もうどうしたらいいんだろうって思うし、自分の辛さが自然消滅するのを待つにはあまりにも苦しすぎて、どうやり過ごせばいいんだろうって毎晩眠れない。
現実ではどうにもできない、どうにもならないから映画を観るしかない。

「アメリカンサイコ」と「嗤う分身」は同じテーマなのに全くアプローチが違っていてどちらも好きだった。
どっちもいまの私の延長にある映画だった。
ろ