アイルランド独立戦争から10年後、腐敗した権力と戦った実在の人物ジミーグラルトンの物語。
毎度毎度、ケンローチの作品には頭の下がる思いだ。
自由を搾取する権力に厳しい弾劾を加える一方、その声は怒りに震えて我を忘れる様なことはなく、常に理知的かつ平易さを失わない。
まるで老教授が生徒に優しく語りかける様に、自由を尊ぶ重要さを説いてくれる。
プロフェッサー・ケンと呼ぶことにしようかと思う(多分今後呼ぶことはない)
本作でジミーもとい貧しい人々の権利や自由を搾取するのは、カトリックと結びついた保守派。
聖職売買で経済力と結びついたカトリックはかなり厄介。
ジミー達の主張には特別な破綻など何もない。
ただただ、ホールと呼ばれる集会所で歌って踊って、詩を楽しむ。
それは生を謳歌する理想的な在り方のように思える。
それをタチの悪いことに共産主義と結びつけ、アンチキリストと頭ごなしに否定してかかる。
(聖職者の陣営にもジミーに共感を抱く人間が少なからずいるところがプロフェッサーの描き方のフェアさとリアリティーにつながる)
福音書で、総督ピラトはキリストのことを全く理解できずにビクビク怯えながら磔刑に処したが、皮肉なことに聖職者の姿がピラトと重なって見える。
そしてキリストは、
一粒の麦は地に落ちて死なねばいつまでもただの一粒であるが、死ねば多くの実を結ぶ。
と弟子達に教えたが、ジミーの姿にぴったり重なって見える。
なんともシニカルな描き方。
そしてジミーが蒔いた自由の種は、しっかりと身を結び、アイルランドの平原に実を結ぶ。
実を結び風に揺られる麦の穂は、また新たな萌芽の礎になる。
自由の芽は摘み取られることなく、蒔き続かれる。
"木の葉は数多くても軒一つ、
偽りの青春の日々が続くあいだ
私は陽光を浴びて葉と花を揺らした。
今は真理の中に枯れゆくか"
(時を経て叡智が訪れる/イェイツ)
枯れゆく麦のなんと気高いことか。
追記
現実で八方美人ネットでは悪口大魔王。
みたいな怒り方下手くそすぎる人がSNSの発達と共に増えすぎてるので、怒り方を学ぶという意味でもプロフェッサーの作品を観る価値は高い。