Oto

百円の恋のOtoのレビュー・感想・評価

百円の恋(2014年製作の映画)
3.9
『レイジング・ブル』がアンチ『ロッキー』で作られたということを聞いたことがあるけれど、それ以上に人間のダサくて汚い部分と徹底的に向き合ってると思う。わかりやすい、かっこよさ・成功・成長みたいなものを排除したところにしかない感動。

一番響くのは、"持たざる者"の強さ。一子といい、狩野といい、百均の人々といい、普段会ったらマジで絡んじゃいけない人々が集合している映画なんだけど、抱えている者がない人への憧れを覚えた。
狩野の「断られないと思ったから」「好きじゃないんだよな、一生懸命なやつ見るの」ってセリフすごく切なくて好きなんだけど、何かを背負っている人にあそこまでの自由とか行動力とかってない。
結果的には二人ともただの負け犬だし、何も成し遂げていないんだけど、その先に期待したくなってしまうというか、何か起こしてくれるんじゃないかと思ってしまう。

失恋の怒りが練習と試合への衝動を生んで、身体的にも精神的にも一子はいい方向に向かったのは明らかだけど、それによって明確に何かが変わったかと言われるとそうは思えなくて。
狩野は改心した、みたいなレビューあったけどそうも思えない。一子の「勝ちたかった」は魂の叫びだと思ったけど、彼の立場で「勝利の味ってのは最高だよな」って返しちゃうのなんも懲りてないし、若くてスタイルのいい女性が別にいたらいつだって移ってしまうと思う。
家族が彼女を見る目も変わったとは思うけど、二三子と喧嘩していたときと比べて状態的に大きな変化があるわけではない。だけど、一子の挑戦は彼女自身にも世界にも勇気を与えるものだった。

ボクシングに本腰を入れるタイミングにすごくリアリティがあった。やっぱり家からは出たにしてもバイトに通って同棲をするような「凪」みたいな日々からはあの衝動は生まれないと思って、豆腐屋の女の存在って彼女にとって不可欠だったよなと思う。
最初にボクシングジムに飛び込んだきっかけって、狩野が倒されてボコボコになって肩を叩き合うのを目撃した時の、自分にない「生きようとする力」の輝きへの憧れだったと思うけど、これは『ファイト・クラブ』とかもそうだったと思うし、立場に限らず全人類が本能的に抱えているものなのかもしれない。最近スポーツみてすごく感動するようになった。原研哉さんが「クリエイティビティとは体力」って言ってた。
自分の感情を無視して毎日何となく会社や家族の言うことを聞いて過ごしてればそこそこ幸せに暮らして行けてしまう状況にある人が多い中で、上手くいくかなんてわからないし損したり傷付いたりする可能性の方がむしろ高いけれど、それでも飛び込んでみたいと思えるものに出会えるかって、自分の中に「欠落」とか「怒り」みたいな変えたいものを自覚しているかどうかなのかもしれない。何かを始めるには思ったよりも時間がかかるけど、脳内に積ん読みたいにあるやりたいことのストックが、どこかで誰かから刺激を受けて開かれるような感覚。

廃棄弁当を意地でも渡そうとするのとかすごい好きで、いわゆる「SAVE THE CAT」のシーンなんだけど、彼女の魅力がすごく詰まっていたなと思う。自分が苦しい状況にいるからこそ、子供にも貧乏人にも怖い奴にも対等に接してあげられる。だけど店長にしても野間の強姦にしても、そういう優しさを持った人ほど苦しむことになるという世界が苦しい。
きっとその苦しさって自分では明確に意識できなくて、どうしたらいいかわからないしなんなのかもよくわかっていないと思うのだけど、優しくしてくれる人が現れて初めて、今まで辛かったんだな〜って気づくものだよなぁと肉のシーンで気付かされた。
陰謀論のおばちゃん、マジすかの店員、カップラーメンずっと食ってる会長、個性豊かで本当に素晴らしい。キャスティングと演出が見事。

スライダーショットで始まるカットがやけに多いのが印象的。芝居を長回しで見せたいというときに、登場感を与えたり人物の情報を引っ張る効果がある分、場所が変わるときにはFIXよりも効果的なのかもしれない。
肉食べるシーンの長回しも芝居に力があるこそ成立する最高のカットだと思うし、冒頭から手持ちもかなり多用していた印象があるけど、やっぱり脚本のツッコミどころや違和感の設計が非常に上手いなぁ。。
「誰に携帯借りてんねん」「病人になんでステーキつくんねん」「ちゃんとかわいい下着つけるんかい」「ブリッコすんな殺すぞって」「こんだけ強盗されて経営もたんやろ」「自転車にも楽天のステッカー貼るんかい」「餃子頼みすぎやろ」「豆腐屋のコピーなんやねん」みたいな些細な違和感の連続が、面白い物語を生んでる。やりすぎずでも飽きさせない。
父の自転車乗るシーンとか、デートで海眺めるシーン、ホテル連れ込まれるシーンもだけど、引き絵の面白さも際立ってた。自分の頭では絶対選べない構図だし、そもそもの視点を持つ大切さを実感する。

百均BGMの使い方も理想的。笑いと感動が同居している対位法。負けるシーンのスローと回想も感動させつつ笑えるようなバランス感覚があった。クリープの「もうすぐこの映画も終わる」っていう歌詞で始まる主題歌も斬新な試み。
「百円の恋」というタイトルも素晴らしい。自分には価値がないと思っていたからこそ振り切った挑戦ができたり、バナナや小銭が恋を成就してくれたり。
安藤サクラが凄すぎるのは言わずもがなだけど、新井浩文という圧倒的な個性を失ってしまったのは本当に痛いな...。簡単に許されることではないけど、人格と才能を少しでも切り離してあげられる再生可能社会であってほしい。
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