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ダムライフのおむぼのレビュー・感想・評価

ダムライフ(2011年製作の映画)
3.4
幼少期に自らのせいで川で妹を死なせてしまったトラウマが原因でイエスマンを極めた男が主人公である。
ダム工事現場で、イエスマンゆえに同僚の男たちに虐められていたが、イエスマンゆえに「殺してくれ」と懇願するひとりの同僚を殺してしまったことから、腫れ物扱いされたり怖れられたりして誰もが自暴自棄になり、結果、イエスマンゆえに流れのまま、同僚の男たちを全員殺す。
そして、最後、そのイエスマンの意識を変えたのは自暴自棄になった同僚の女との性行為で芽生えた愛情という、ナンセンスな映画である。

わかりやすくぶっ飛んだキャラクター造形と、あからさまに本物の見た目を目指さないと割り切った演出、引きの構図で長回しが中心の画面は舞台演劇のようだった。
ずっと壁を撫でているだけのダム工事現場のシーンと斬首シーンの無気力なCGの感じは笑える。
あとは筒井康隆の短編小説とか思い出していた。

この場合のぶっ飛んだキャラクターというのは人間のある一面…大きかれ小さかれ誰でも持っているような心の闇を誇張して描いたものだ。
有名な例を挙げると『千と千尋の神隠し』のカオナシが最たるもので、コミュニケーションが希薄だが人との繋がりを欲しがる物質主義の浅はかな欲望を具現化している。

…他人の思ったことに野暮ではあるがあまりにもヤな気持ちになったので意思を伝えると、絵空事の中でさえ、いや、現実でも何かの病気と定義付けて人を区別してその心を知ったかぶりすることはそれこそ多くの人間が患っている心の病だと思った。
例え世間の意見にのまれたミーハーでも、他人をいたずらに傷つける安っぽい刺激の欲しい者でも、そういう人らは映画みたいなくだらないものを見て言語化しようとする金にならない時間を過ごすのでは無く、日本の会社の人事部などで人を転がすのが天職だ。
この映画の工事現場のリーダーのように。

逆にもしもその状況を変えるなら、この視点を持つことを止めようとしている人間を必要とすべきだ。

しかし、この映画の主人公:小谷は、好奇心を持って勇気を出して取り組んだことで不条理な目に遭うと、ある程度心を閉ざして、適当にやり過ごしたほうが概ね物事が上手く運ぶという考えに至っている。

それは他人への恐怖心が根底にあることで生まれる魔物であることは想像に容易い。
そういうわけでこの映画は感情のリアリズムと寓話性を兼ね備えたブラックコメディだと感じた。

『ダムライフ』のダムはやり切れない思いで胸がいっぱいになるモチーフとして描かれている。
ヒロインの同僚の女がボタンを押して決壊させかけるダムは、自暴自棄に陥った彼女の心である。
そして、結局無事に放流するダムは、愛を知った本能で彼女を救いたいと思い、水中に飛び込んだことで過去の自分のトラウマと対自して、笑顔で魚をモリでしっかり捕らえていた様子を見て「あ、きちんと振り返ってみれば楽しいことでもあったわ」と思ったのだろう。
そうして笑いながら女を救出する主人公の心である。

こうしてまとめてみると、見た目は湿っているが明るい光が差し込むような映画で、なんなら、青春映画と言えるだろう。
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