あなぐらむ

愛に濡れたわたしのあなぐらむのレビュー・感想・評価

愛に濡れたわたし(1973年製作の映画)
4.5
加藤彰の映画は常に何かを探し求める男女の映画だ。
そしてひょんな事から愛の迷宮に落ち込んで行く者が、もがきながら絡めとられていく様までを描き出す。
本作は宮下順子をキャストに得た事で、謎の女が男を吸い寄せていく状況に俄然リアリティが増し、あれよあれよと見ている方も作品に呑み込まれてしまう愛の迷宮のような作品に仕上がっている。

だが本作、宮下順子が主役だと捉えてしまうと作品を見誤る。あくまで取り込まれる主人公の男(石津康彦が好演)側に立って見ないといけない。「愛に濡れたわたし」は劇中に登場するマムシの刺青の通り、猛毒みたいな映画なのだ。
脇では、時代劇が多かったあべ聖の珍しい現代劇だったのが目新しい(好きな顔)。コマ劇前風権のロケ、懐かしい風景。パンタロンの宮下さんが素敵だ。撮影は本作も萩原憲治、助監督に「ピンクのカーテン」で一世を風靡する上垣保朗がついている。彼は女性の撮り方は加藤の現場で身につけたという。

劇中の主人公が言うように、「騙されているのが楽しくなる」ような不思議な物語。
美和という女は何者なのか、そもそも主人公は妻を本当に捜していたのか。「恋狂い」と対を成す作品だが、日本にも「ゴーン・ガール」は既にあったと。
さて、本作にも出てくる中川梨絵だが、劇中裸のシーンもなく、そこに存在するだけの謎の女。これは「OL日記 牝猫の情事」で梨絵さん扮するOLの対角として順子さんをキャストした事の裏を返しているのだそう。彼女の存在が映画に独特のドライブを与え、その暗黒度をぐっと増す事に成功している。
順子さんのセリフに「雨の日って嫌。自分の匂いでいっぱいになるの」ってのがあって、「これは書けないわ」と思わず呟いたものだった。
石井隆の「天使のはらわた 赤い教室」の名美の「あなたが来る?こっちへ」と同じくらい衝撃的だった。
あと、順子さんが主人公の男性の家に行って、落ちてた洗濯物を拾って干してあげるんだけど、その時に自分のイヤリングを洗濯バサミ代わりにするんだ。あれって「私、来たのよ」っていうのを印象づけるという意味でもあって、すげぇなと。そういう演出なのか、役者のアイデアなのか、予め作られていない部分のエッジが映画を粒立たせていくのだ。