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サウスポーのrayconteのレビュー・感想・評価

サウスポー(2015年製作の映画)
5.0
もうかれこれ10回はこの映画を観ている。
たしかにボクシング映画は大好物なのだが、この作品を繰り返し観ている理由はもっと別のところにある。

まずこの映画に「ロッキー」的なものを期待していた人たちはガッカリしたことだろう。
本作はサクセスストーリーではないどころか、対極に位置するテーマを持つ作品だからだ。
本作のテーマとは、「アンガーマネジメント」である。

無敗の世界王者ビリーが愛する妻を失うことがストーリーのトリガーになっているが、自身の感情をコントロールできていれば惨事は起こらなかった(そんなの殺したやつが悪いに決まってるじゃないかと思う人もいそうだが、映画は道徳の授業じゃない)。
その後ビリーが娘と離れることになったのも、同じ理由だ。
だがビリーは、新たなトレーナーと出会い、堅実なボクシング技術を身につけていく。それはそのまま、自分で制御できなかった自分自身をコントロールする術でもあったのだ。

人は誰でも抑えきれない感情を抱く瞬間がある。
怒り、絶望、怠惰、嫉妬。
感情は時として強い支配力を持ち、身を任せていれば人生は破滅に向かう。
ボクシングのように、相手から目を逸らせば負け、力任せに腕を振ってもパンチは当たらない。
じっくりと冷静に対峙し、でも振るうべき時には力を発揮する。
そうすれば、いつか自分の感情は制御できるようになり、それは自分の人生を思う方角へ運ぶ技術になる。
「アンガーマネジメント」とはつまり、人生への向き合い方を見つけることなのだ。

以上が本作のテーマと魅力だが、正直なところ突っ込みどころも多い。
まず、ビリーはボクシングライトヘビー級メジャー4団体統一王者で43戦無敗というレジェンド級の設定だ。
あのメイウェザーが50戦無敗とそこに迫る勢いだが、新しいジムに通い始めたビリーは驚くべきことにボクシングの基本的なステップとジャブから教わる。
ボクシングにおける無敗とは、ディフェンスがパーフェクトだということ。
力いっぱい殴るだけのビリーがスーパー王者というのはかなり無理がある。
それに、プロモーターと所属ジムが見放したところでビリーの成績なら引く手数多だろうし、そもそも仕事に困るなんて考えづらい。
他にも、ビリーの妻を撃ったミゲールの連れが逮捕されないのは意味不明だ。
作中ではミゲールが素早く銃の隠滅を図る描写が逮捕されないエビデンスになっているのだが、さすがに銃撃の瞬間は誰が目撃しているだろう。
あれだけいたら目撃者の買収も厳しいし、何より殺害に関与した疑惑のある選手のタイトルマッチがあっさり決まるのはさすがに有り得ない。

かなり大味な部分はあるが、テーマへの向き合い方、そしてリアリティのあるボクシングシーンは素晴らしい作品だ。
感情のコントロールを困難に感じる人にとって、この作品はきっとヒントになるだろう。
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