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父を探しての海のレビュー・感想・評価

父を探して(2013年製作の映画)
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波打ちぎわで、さあ走って、と言われた子どもたちは、一斉に走りだした。寒さで指さきがわからなくなるのも、赤くなった頬が痛むのもかまわず、走っていくかれらの、逃げていく魚の群れのように揺れるマフラーは、夜中の渋滞のテールランプよりもあざやかだった。みな笑っていた。それだけでは幸せかどうかはわからなかった。ただ、冬の光に照らされて、髪を潮風に絡ませながらかれらは、笑っていて、肩をぶつからせて、離れて、後ろを振り向いて、また前を向いて走っていく。かれらが、海岸のあの端まで行って、引き返して戻ってくるとき、わたしは最初と同じ場所に立って、ひとり残らずおかえりと言って抱きとめてみたかった。みんないるね、と言って、だれも欠けていないね、と言って、大きなバスにみんなを乗せて、そしてひとりずつ家まで送り届ける。かれらはみんな、あたたかいスープを飲んで、歯をみがいて、お風呂にはいって、読みかけの本を読んだり、歌を歌ったりしたあと、ベッドで深い眠りにつく。世界に、ちゃんと平和があって、ほんとうのしあわせがあるとしたら、それはそういうものだとおもう。行ってらっしゃいと言って送りだした子が、ただいまと言って帰ってくる。語ることも黙ることも安心してできる。誰かに殺されたりしなくて、誰かを殺したりしなくていい。あの日海で走っていた子どもたちのみんなが、わたしたちの心の中でわらっているみんなが、顔も知らないけれど、わらっているべき誰かが、ひとり残らずほんとうのしあわせの中で生きていられたらいいのに。どんなにしてもかなわない世界を毎日ねむるまえに祈る。無駄なことだと思う。でも一瞬でも、休日の電車の中や夕方のスーパーマーケットで、世界がそんなふうに見えるとき、わたしは本当に、それがすべてだったらいいのにっておもう。
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