KouheiNakamura

この世界の片隅にのKouheiNakamuraのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
5.0
語り継ぐこと。


こうの史代原作の同名漫画を「マイマイ新子と千年の魔法」などで知られる片淵須直監督が映画化。クラウドファンディングで製作資金を募り、能年玲奈ことのんが主役のすずさんの声優を担当したことも話題に。

この映画を最初に観たのは三週間ほど前。観終わった後、あまりにも深い感銘を受けしばらく言葉が出てこなかった。もっと早くに感想を書きたかったのだが、この作品を咀嚼するには時間がかかると思い感想を書くのは先延ばしにしていた。
結局、一回目の鑑賞後に原作漫画を読んでから二回目を鑑賞。昨日、三回目を鑑賞してきた。そうすることでようやく自分の中の感想がまとまってきたので、つらつらと書き連ねてみようと思う。

まず最初に言えるのは、この作品は間違いなく後世に語り継がれていく名作だということ。好き嫌いはあれど、この作品を歯牙にも掛けない映画ファンはいないだろう。それほどまでに完璧に作り上げられたアニメーション作品であり、堂々たる日本映画の傑作だ。

アニメーションとしての魅力について言わせてもらうと、まずは画面が素晴らしく美しい。構図・キャラクターデザイン・美術の全てが効果的に機能し、日常の些細な動作がアニメーションらしい繊細さで表現されている。昭和10年から20年の広島及び呉の街並みが完璧に再現されていて、当時を知る方もその作り込みに驚いたほど。
また一見するとほんわかとした可愛らしい絵柄に見えるが、随所に艶っぽさ・生々しさを感じさせるキャラクターの表情が現れその度にドキッとしてしまう。まるで実験アニメのような映像表現も垣間見え、空襲の場面も特筆すべき恐ろしさ。音響効果にも並々ならぬ作り手のこだわりが感じられる。

ストーリーは至極単純。広島に暮らす浦野すずさんの幼少時代から始まり、呉に嫁いで北條すずとなってからも彼女の日常を丹念に綴っていくのみ。物語の大半は彼女の他愛もない日常生活の場面だ。そのほとんどの場面はささやかながら幸せな笑いに包まれ、日々の営みの大切さが実感できる。朝起きて、ご飯を食べて、働いて、眠るまで。普通の人々の暮らしをありのままに描写していく。それは戦時中と今を繋ぐ、世界を構成する大切な部分だ。
しかし、それでも戦争はじわりじわりと生活を侵食していく。日頃からおっとりぼんやり暮らしていたすずさんも、そのままの自分ではいられなくなる。そして迎える昭和20年8月6日。その日に何が起こったのかを僕たちは知っている…。

この映画が真に素晴らしいのは、戦争の悲劇をことさらに強調せずにあくまでも一庶民の北條すずさんの生活を描くことに全力を注いでいることだ。昭和20年の8月6日を過ぎて8月15日を迎えても、9月になっても10月になっても生活は続く。何があっても、生きていく。北條すずさんの物語はあの時代に生きた全ての人々の物語だ。

と、ここまで長々と書いてはみたけれどこの映画の魅力の10分の1も伝えられてはいないと思う。結局のところ、凡庸な僕はあなたにこう言うしかない。「この映画を観てください。」と。
KouheiNakamura

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