未島夏

シン・エヴァンゲリオン劇場版の未島夏のネタバレレビュー・内容・結末

4.4

このレビューはネタバレを含みます

(3/10 大幅に加筆しました。書けていないと感じていた事を1100字程度)



作り手がキャラクターをエヴァに乗せると決めた事で産まれた、TVシリーズ〜旧劇場版の世界。

その世界を、キャラクターをエヴァから降ろし、エヴァを消滅させる事で、作り手自らが書き換え、正真正銘、新劇場版の終劇と相成る。



前提として、「制約こそ自由である」と創作の内側(虚構)と外側(現実)から説いたのがTVシリーズ〜旧劇場版だと思っている。

ここで言う「制約」とは、物語上では人と関わらなければ生きられない事、創作上では簡潔に言えばスケジュールや人員、それによるラストの描き方について等だ。

そんな「制約」に塗れながらもそれが必要である(あった)と説いたTVシリーズ〜旧劇場版を『父』とする事で産まれた、『子』である新劇場版。

『子』は父の様相を知る故に成熟し、『父』の創った世界を「制約(物語上)による自由の中で制約(創作上)を描く」事で更新する。

制約を「描く」とは無論、クライマックスの絵コンテ等をそのまま挟んだカットを使用したシークエンスだが、それを制約の上での実験的な試みとして行うのではなく、『子』が思い描く『父』の像として確信的に行っている点が『子』の成熟を表している。

以上の事から、今作で描かれたキャラクターの物語とそれぞれの顛末は、25年に渡る『エヴァンゲリオン』という名の『プライベートフィルム』を通して経た、作り手の人生の変遷すらも思わせる集大成的な感慨があった。



TVシリーズ〜旧劇場版ではある種シンジの心の持ち様次第であった状況を、新劇場版ではシンジをニアサードインパクトのトリガーとする事で、実際に被害の当事者とさせている。

この事によってシンジの苦悩は旧劇場版までに比べ、より踏み込んだものへと変容している。

何故なら、未曾有の事態が多発し、悲劇の中で否応なく何かを背負う事になる可能性をより意識し始めた現実の空気を、的確に取り入れているからだ。

その上で、旧劇場版までの自己言及性からも逸れる事無くその精神を引き継いでいる為、シンジの置かれた状況と葛藤は、失語症という物理的な症状でより真実味を帯びた形に可視化される。

そして、それだけの十字架を背負わされたシンジが、周囲の人間からの疎外感ではなく、優しさによって苦しめられるというのも、新劇場版がTVシリーズ〜旧劇場版よりも成熟している大きなポイントだろう。

さらに言えば、その優しさ(とりわけアスカが自分に厳しくも関わろうとする事への)をシンジがしっかりと感じ、受け取るからこそ葛藤する所も極めて重要である。

それらが、アスカの怒りの理由を本人へ言語化して伝える事の出来る所まで、シンジを成長させる。



疎外感ではなく優しさによって苦しめられるシンジの葛藤について書いたが、その優しさを描く過程の一部分に深く感銘を受けた箇所がある。

ケンスケがシンジに『ニアサーも悪い事ばかりじゃない』と言う、あのシーン。

トウジとヒカリの関係を大きく進展させたきっかけがニアサードインパクトである事を理由に、ケンスケはそう言う。

この「悲劇の中にしか生まれ得ない幸福がある」という視点もまた、先に触れた現実の空気、即ち時代性を繊細に投影している。

現実の災害や疫病、さらに紛争を初めとする人為的なものも含めた未曾有の事態に巻き込まれた人々が、「あの時こうしていれば」と否応なく背負ってしまう後悔や重責。

理不尽な十字架を背負わされた中でも、過酷な現状は目の前にありのまま横たわっている。

つまりは、生活がある。

だからどんなに辛くても、人と人は関わり続ける。

どんな世界であろうとも、そこにしか無い悲劇もあれば、そこにしか無い幸福もある。

その幸福を業に塗れながらも掬い上げる事が、人々の営みとなり、食物を育て、町を作り、やがて子供たちが産まれる。

他人と関わる事への畏れを一貫して描いてきた物語が、他人と関わる事による精神の救済を描く事はつまり、人々が背負う事のない重荷を降ろさせんとする今作の、言わば祈りではないか。

悲劇によって悲しむ人ばかりではない、業の深さに対する言及でもありながら、ケンスケのたった一つの言葉に、そういった強い想いを感じざるを得なかった。

長年描いてきた物語…それこそ『プライベートフィルム』と喩える物語の中に、そういった時代の空気を感じ、取り入れる姿勢に、深く敬服するばかりである。



自分を、他人を、目の前の景色をどう見るかによって、心は変わり、世界の見え方が変わる。

それを改めて強固に示した今作は自分にとって、一番観たい形の『エヴァンゲリオン』だった。

自分にとっての『エヴァンゲリオン』。
思い残すことは無く。
終劇。
未島夏

未島夏