ジェイコブ

シン・エヴァンゲリオン劇場版のジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

前作でカヲルが目の前で死ぬのを見て以来、塞ぎ込んでいたシンジ。アスカはシンジに苛立ちを覚えながらも、レイ、シンジと共に赤い大地を彷徨っていた。そんな三人の前に、ニアサードインパクトの避難民で形成された第三村からかつての同級生相田ケンスケが現れる。その頃、パリではマリがWILLEと共に激しい戦闘を繰り広げていた……。
本作はロボットアニメであるが、エヴァンゲリオンを通して主人公碇シンジの成長、災害に苛まれながらも、懸命に生きる人類の可能性を描く物語でもある。
あらかじめ言っておくと、エヴァに関してはにわかな知識しかない為、エヴァに対する解説は自信がない。しかし、本作を持って庵野秀明がエヴァを終わらせたこと、「神」と崇められた作品に完全な終止符を打ったことは非常に意味があるのは想像に容易い。
個人的に本作を見た時に頭を過ぎったのは、庵野秀明の師である宮﨑駿の存在である。宮﨑駿は自身の監督最後の作品である「風立ちぬ」を作った理由として、旧約聖書の伝道の書の言葉、「汝の手にたうるかぎり力を尽くして生きろ」に感銘を受け、歴史の中でその時、精一杯生きた人々を描きたかったからと語っている。(それは、本作の中でもサードインパクトで傷つきながらも、希望を失わず懸命に生きる人々の姿にも重なる)そして、「風立ちぬ」の主役に抜擢されたのが庵野秀明であった。宮﨑は庵野英明を堀越二郎役として採用した理由を、「庵野が現代で一番傷つきながら生きてる感じを持っていて、それが声に出ていると思ったから」と語っている。その言葉を体現してると言えるのが、本作の中盤で碇ゲンドウが人類補完計画を思い至った経緯を独白するシーンだろう。ゲンドウは幼い頃から孤独に人生を生き、他人から人に合わせる生き方を強制され、他人と違う者を排除せんとする世間に絶望していた。ゲンドウは正に、庵野秀明自身の孤独のメタファーであり、エヴァは彼がずっと抱えていた心の傷でもあるのだ。思えばエヴァのTVシリーズでは終盤の展開に批判が集まり、今までの劇場版でも「またリメイクか」と否定的な意見に晒される事も少なくなかった。宮﨑の言葉は庵野を取り巻く世間の状況、批判に屈せずボロボロになりながらも作りたい物を作ろうとする彼の情熱を見た上で出た言葉だろう。それらを踏まえて考えれば、本作は涙なしでは決して見れない。
興味深いのはある人が、マリは庵野秀明の妻である安野モヨコと重なるという解釈をあげていた事だ。裏宇宙に取り残されたシンジを助け、ラストの駅でのシーンでも、大人になったシンジと共にいる。シンジが自分から積極的にマリの手を引いて駅を飛び出すのは、これまでずっと受け身であった彼が変わるきっかけを作ったのが、新劇場版からの登場キャラクターであるマリであることが表れている。それは正に、庵野氏がインタビューで自身の安野モヨコを語る際に、彼女との結婚で自分がちょっとずつ変われている事への感謝が述べられたように。
本作の最も特筆すべき点は、他のレビューにもあるように、エヴァと共に大人になった世代へのメッセージ。ラストの大人になったシンジにマリが手を差し伸べ、駅を飛び出すが、それは何と実写映像の中に二人を紛れ込ませ、空から俯瞰で撮るというアニメ映画ではかなり斬新な終わらせ方。「エヴァはここで終わる。だからあなた達も現実に戻りなさい。現実も悪いことばかりじゃない。きっとどこかに希望はあるはずだ」と、庵野秀明がこの映画に込めたのは、エヴァを愛したすべての人々に送る旅立ちのメッセージだろう。
シンジがアスカ、カヲル、レイなど各キャラクターを送り出す様は、まるで金八先生のラストすら思わせる。あんなに隅っこで泣いてすぐいじけてたような子が、こんなに立派になるなんて……とリアルタイムでエヴァを追っていた人からすれば、卒業式に出席する親のような気持ちになっただろう。宇多田ヒカルのテーマも心に響くし、本作を見ると「Beautiful World」は碇ゲンドウの気持ちを表現したものだというのも合点がいく。
昔、知り合いのアニメ好きが「全てはエヴァに通じる」と言っていた。その言葉通り、エヴァがアニメ界に与えた衝撃は正にサードインパクト級のものであり、多くの作品がエヴァの影響を受けている。本作もまた、その衝撃に新たな1ページを加えるものとなると考えられるのが、本作がこれまでのアニメ制作では考えられない手法で作られたからだ。その一つが、プリヴィズを作ってから絵コンテに取り掛かるというものだった。プリヴィズとは、完成映像を作る前にCGや模型などで簡単なシミュレーション映像を作ることだが従来では、絵コンテを作ってからプリヴィズに取りかかるやり方が一般的だった。しかし、本作はそれをガラリと変え、実写に近いやり方にこだわった。それは庵野秀明が前作から本作に至るまで、シン・ゴジラという初めての実写作品の監督を務めたことが大きく影響しており、実写のやり方を取り入れた事でこれまでのアニメ作品にない表現方法や見せ方を編み出した事は、エヴァンゲリオンが今までも、そしてこれからも今後のアニメ界における大きな転換点となる事を意味している。
救済と解放が本作に込められたテーマであるとすれば、それは登場人物たちだけでなく、庵野秀明自身やスタッフ、エヴァを愛した全ての人々に向けられたものに違いない。