KouheiNakamura

ハドソン川の奇跡のKouheiNakamuraのレビュー・感想・評価

ハドソン川の奇跡(2016年製作の映画)
5.0
SMILE。


世界で最も尊敬に値する映画監督クリント・イーストウッド。僕も「好きな監督は?」と聞かれたら真っ先に答える、本当に偉大な現役監督だ。
しかし、クリント・イーストウッドの作家性とは何だろうか?既に監督した作品は36本。自らが主演を兼ねた作品も多数あるが、イーストウッドの映画のジャンルは一つではない。近年だけでも前作「アメリカン・スナイパー」や硫黄島二部作のような戦争映画や、「インビクタス」のようなスポーツ映画、「チェンジリング」のようなスリラー映画、更に音楽にも造詣が深く「ジャージー・ボーイズ」のようなミュージカル映画も撮っている。また、俳優としてのイーストウッドを知る人にとっては「ペイル・ライダー」や「許されざる者」のような西部劇も外せないだろう。
このようにイーストウッド映画は作品によって様々な側面を見せてくれるのだが、その本質は監督デビュー作「恐怖のメロディ」から全く変わっていないように思う。その本質とはずばり「人間に対しての深い洞察と、徹底して冷静な眼差し」だと僕は思っている。イーストウッド作品はいわゆる映画っぽい盛り上げ方、過剰な装飾はほとんどしない。あくまでもその映画の物語を伝えることに特化した演出を徹底させている。だからこそ、イーストウッド作品を観ると自然と物語に引き込まれてしまうのだ。
だからと言って、イーストウッドが新しいものを受け入れないということではない。今回の「ハドソン川の奇跡」でも自身初となるIMAXカメラでの撮影に挑戦していたり、序盤の軽快なカメラワークも若々しく素晴らしい切れ味だ。

さて、そんなイーストウッドの新作「ハドソン川の奇跡」。2009年に起きたハドソン川への旅客機不時着水事故を、サレンバーガー機長(愛称サリー)の視点から描く。上映時間は96分と、イーストウッド作品の中でも最短である。が、堂々たる話運びで短いながらも濃密な映画体験をさせてくれる。映画は主に3つのシーンで構成されている。冒頭から序盤は事故後の機長の心理的葛藤がメイン。中盤では事故当日の場面が緊迫感溢れるタッチで描かれ、ラストの公聴会の場面へと繋がる。
この映画のいずれの場面でも、主人公サリーの表情に笑顔はない。非常時に下すべき最適の判断を、パイロット生活40年の経験から実行に移したサリー。しかし、その選択は本当に正しかったのか?誰よりも不時着の恐ろしさを知る彼だからこその、苦渋の決断。周りが如何に自分を英雄だと祭り上げようとも、サリーの表情は崩れない。舞い上がらず、ただ自らの仕事に誇りを持つ男。その姿は奇しくもイーストウッド監督と重なって見える。所詮は俳優上がりの監督だと蔑まれてきたが、遂にはアカデミー賞の常連となったイーストウッド監督。しかし、イーストウッドは決して舞い上がらない。何故なら、プロとしての矜持がある。自らの仕事に誇りを持つからこそ、決して動じず誰よりも己の限界を知っている。そんなイーストウッドとサレンバーガー機長の魂が呼応しあった結果、また映画史に残る傑作が出来あがったのだ。

この映画の最後はあるジョークで締めくくられる。それを受けたサリーの表情ははっきりとはしないが、恐らく笑顔であろう。それは長年の経験からくる誇りに支えられた男の、余裕の笑みなのだ。
大傑作です。是非、劇場へ。
KouheiNakamura

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