エソラゴト

アノマリサのエソラゴトのレビュー・感想・評価

アノマリサ(2015年製作の映画)
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監督はチャーリー・カウフマン。その時点で一筋縄ではいかない作品である事は覚悟の上、故に鑑賞前から気合いを入れ準備は万端…のはずが。

ストップモーションアニメ作品で主人公は中年男性という予備知識以外、事前情報は殆ど入れずに鑑賞スタート。のっけからすぐに何か薄気味悪い違和感が押し寄せる。

主人公マイケル(及び自分自身)から感じる人々の顔や声が男も女も子供も皆同じ、しかも声は皆同じ男性という奇怪さ。(『マルコヴィッチの穴』でも観た!)

そんな中、宿泊先のホテル「ザ・フレゴリ」で偶然にも顔も声も素のままの女性リサと運命的な出会いをすることで、終始何か曇りがちな表情だったマイケルも漸く明るさを取り戻す。

そんな彼女に愛を告白し一夜を共にするのだが、翌朝には彼にとって唯一無二の存在だった彼女も些細なことが切っ掛けで結局はいつもの同じ顔と声に変わってしまうのだった…。

彼の妄想の症状は「フレゴリの錯覚」と呼ばれる精神疾患で「誰を見てもそれを特定の人物と見なしてしまう現象及び全くの見知らぬ他人をよく見知った人物と取り違えてしまう現象」の事だという。

元カノとのエピソードや夢の中でリサに向ける心の叫び、講演会での別人格の心情吐露から察するに彼は自分だけの世界に浸っている大人になりきれていない大人、所謂ピーターパン症候群である事も分かる。(他者への思いやりの必要性を説くカスタマーサービスに関する著作や講演で飯を食っているという皮肉も効いている)

マイケルと我々の見聞きしている顔と声は画面上同一なので我々自身にもマイケルと同じ精神疾患を患っている又は患う危険性があることを暗に示している。

ラストで彼は結局その強過ぎる自己愛を自覚・克服出来ていないことが分かるのだが、我々は全編通してそんな彼の惨めな姿を客観視する事で自分自身の自己愛の強弱や程度を自覚する事ができる仕組みになっている。(かなり回りくどい気もするが)

オーラスの車内でリサの連れの女性エミリーの本来の美貌溢れる姿を見ることが出来たのはきっとその所為だろう。カウフマン監督がこの作品の中で唯一差し出した救いの手だと思いたい。