もるがな

何者のもるがなのネタバレレビュー・内容・結末

何者(2016年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

就職活動の真っ只中にいる男女四人の物語。原作既読済みであったが、これを見るまで就職活動は大人への第一歩で青春の終わりだと思っていたのだが、多少考えが変わった作品でもある。就職活動自体はいわば青春のクライマックスであり、成長の終わっていない人間が強制的に成長することを強要される期間、つまりは大人になるための通過儀礼、最後の青春なのである。そのせいか、空気感はキラキラと煌びやかな反面、どこか緊迫感が張り詰めており、「何者」かになろうとする大学生たちの、叫び出したくなるような逼迫した感情がひしひしと伝わってくる。映画化はほぼ成功していると言って間違いなく、同じスーツに身を包み就活に赴く様は不気味である反面、その中で他者より抜きん出た個性を求められる苦しみと、逸脱していない、レールから外れてない安心感も伝わってきて、それが映像で分かるというのはまさに映画ならではだろう。

若者の視座で見なければ、物語はイマイチピンとこない部分が多いかもしれない。かくいう自分も自分の大学生活とはあまりにもかけ離れている上、ここまで友情が薄っぺらくはなく、ルームメイトなのに腹を割って話していないことに逆に驚いてしまった。加えて、自分自身が就活をしてこなかったので肌感覚で分かる部分は少なく、都会の大学の上澄みの層の苦しみのように思ったというのもまた本音だ。

ただ、それを抜きにしても今の若者の空気感を的確に捉えているのは素晴らしい。特にそれを顕著に感じたのはネットに対する距離感だ。ネット世代である若者たちは、ネットに親和性はあるものの、大人が思っているのとは真逆で、ネットに対してはかなり懐疑的である。誰しもが自らを装いながら、そこに決して真実はないということを誰もが肌で実感している。結局は装飾の多い人間より、分かりやすく、誠実で純粋な人間が好かれるというのは今も昔も変わらない。ひょっとしたら今の時代のほうがそういった人柄のわかりやすさや誠実さはより一層価値を持っているのかもしれないと友人の一人を見て思った。自分を過度にアピールする痛々しさに対する冷めた視線や、そういった勘違い人間に自身の価値や程度の低さを突きつけてやりたいという暗い願望は共感する人間も多いだろう。主人公は一見すると性格が悪いのだが、悪人にも善人にもなりきれない幼さの際立つ絶妙な役回りでいいスパイスになっている。特に彼が恋に落ちた瞬間は見て分かるぐらいに腑に落ちるシーンだった。

そしてクライマックスで、俯瞰視点にいた主人公が意識高い系女の長広舌によって暴かれ、自身もまた痛々しい存在でしか無いということに気付かされるわけだが、個人的にこのクライマックスの流れとオチのあっさりさには引っかかってしまった。「痛々しいことや自身に価値のないことは指摘されるまでもなく当事者は分かっていて、それでも頑張らなければいけない」この反論には常に冷ややかな目で見られがちな意識高い系のカウンターパンチであり、最も指摘されたくない人間からの指摘という物語的な面白さもあるのだが「痛々しいことを自覚して頑張る自分」に酔っている感じもして、完全に自分をさらけ出したとは言い難いと感じてしまった。裏を返せば、主人公より先にそういう禁じ手を使うことで、主人公を下に見つつ、追求されないよう先に反論を潰すことで、最後のプライドの防波堤を築いたとも言えるわけだが、それを推察するにはやや尺が足りない気もする。しかしネット上でも自分を鼓舞しないと立ち直れないという感情は痛いほど分かるし、それが今の若者の『リアル』なのだろう。大して変わりがないと思っていた周りと如実に差がつき、その正体が分からず、タイムリミットが来るまで値踏みされ続ける。狂うのも無理はない。一度レールから外れたら容易には戻れないというのは今のご時世の容赦ない現実の一つであり、就職失敗による自殺というのも理解はできるし、で今の子からすれば就職は死活問題なのだろう。

結局、思い人である瑞月さんへの告白はしておらず、物語的なドラマ性は薄いものの、劇的でないことがリアルさなのかもしれない。ただ、そういう「いかにも」なご都合主義から逃げた感じもあり、何とも言えないのが正直なところ。わりと斬新かつ的確な切り口で描写したわりには、最後の結論が妙に古風で保守的だったことが引っかかっているのかもしれない。それでも幕引きは嫌いではなく、劇中で終始語られる「1分間で自分を表現してください」に対する精一杯の青臭い抵抗というのはとても良くて感じ入ってしまった。

そういう意味では普遍性もあり、痛々しいことを自覚しつつ頑張るというのも、生まれたときからネットと現実という二つの現実を生きている人間なりの悲しい処世術ともいえる。「何者」というタイトルの真の意味は裏垢の名前という大した事のないオチなわけだが、この大した事なさが、逆に主人公自身の評価とシームレスに繋がっており、そこは度肝を抜かれてしまった。

話の流れは好みが分かれるだろうが、全体を通じて小道具や行動の見せ方が上手い。作中で重要な役割を果たすTwitterもそうだが、その中でも特に「検索」の使い方が非常に上手く、常にスマホ片手に検索していないと不安になる感覚や、相手のことを検索したくなる下卑た欲望。そして検索のサジェストなど、検索が影の主役と言ってもいいぐらいの働きをしている。このあたりの表現を映像に綺麗に落とし込んでいるだけでも一定の価値はあると思う。

余談だが、大学生の話にしては爛れた部分がなく色恋は純粋で、セックスの話が一切出てこなかったというのが意外といえば意外だった。まあ就活を控えている身でそんなことをしている暇などないのかもしれないが、例えば恋人のいる身でルームシェアをお願いするシーンは少し引っかかったし、そういう生々しさもちょっと見たかった気もする。あえてそういう方向にしないよう腐心したのかもしれないが、それもまた『リアル』なのかもしれない。
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