何者のネタバレレビュー・内容・結末

何者2016年製作の映画)

上映日:2016年10月15日

製作国:

3.3

あらすじ

就職活動の情報交換のために集まった、5人の22歳。 企業に入れば特別な「何者」かになれるのか、そして自分は「何者」になりたいのか。 それぞれが疑問を抱えながら、就活に立ち向かっていた。 かつて演劇サークルで脚本を書いていた、人を分析するのが得意な拓人(佐藤健)。 天真爛漫で何も考えていないようで、着実に内定に近づいていく光太郎(菅田将暉)。 光太郎の元カノで、拓人が思いを寄せ続…

就職活動の情報交換のために集まった、5人の22歳。 企業に入れば特別な「何者」かになれるのか、そして自分は「何者」になりたいのか。 それぞれが疑問を抱えながら、就活に立ち向かっていた。 かつて演劇サークルで脚本を書いていた、人を分析するのが得意な拓人(佐藤健)。 天真爛漫で何も考えていないようで、着実に内定に近づいていく光太郎(菅田将暉)。 光太郎の元カノで、拓人が思いを寄せ続ける、実直な性格の瑞月(有村架純)。 「意識高い系」でありながら、結果が出ず不安を募らせていく理香(二階堂ふみ)。 社会の決めたルールには乗らないと宣言しながらも、焦りを隠せない隆良(岡田将生)。 そんな5人を先輩として見守る、大学院生のサワ先輩(山田孝之)。 力を合わせて就活を進める中、5人はそれぞれの思いや悩みをツイートするが、それはあくまで表の顔。内定が決まらない中、お互いの就活へのスタンスや取り組み方の違いに嫌悪感を抱き、人間関係に歪みが生じ始める。やがて「内定者」が現れたとき、そこで見えてきたのは、これまで隠されてきた裏の顔だった——。

「何者」に投稿されたネタバレ・内容・結末

は〜〜〜?

作画も微妙、音楽と微妙、なんといっても会話と会話の「ま」とか、いろんなものが微妙であった。

こんなひねくれてるのにみつきさんだけは完全に別枠の存在なのだろうか。まぁそれはわかるとしよう。

とりあえず永遠に違和感を感じるものであった。途中古いホラー映画かよって感じだったし。

まぁ菅田将暉はかっこよかったな。
私自身、人といるときにスマホいじる人好きじゃないから拓人がよくツイッター見てるの気になってたけどなるほど裏垢か。
バイトの面接ですら緊張する人間だからこれから先控えている就活の団体面接とか自己PRの様子見たら胃が痛くなりました…
就活は追い込まれることによって人間の本質的な部分が見えるので友達関係がふるいにかけられるようでもありますね。
就活の記憶がよみがえって、怖いぐらい共感できた!
不採用なら自分を全否定されてるような、内定なら自分を肯定されてるような、気持ちになったのを思い出した。
就活の大変さと人間関係が崩れていってしまうところが怖いなと思いました!
でも一つ一つの言葉がグッときて勉強になりました!
自分が一体「何者」かなんて、誰が分かるのでしょう? 誰に認めてもらえればいいのでしょう? 企業の面接官なのでしょうか? SNSの「いいね!」の数なのでしょうか? 日頃自分と会話をしてくれる廻りの人たちなのでしょうか? それとも誰にも話す事もなく、どこにも投稿せずに頭の中で完結する、自分だけの自分なのでしょうか?

「何者? 」という自分をあらわす言葉を、A3もしくはA4のエントリーシートや140文字のツイートで表現できるはずがありません。自分が何者なのか、将来何者になれるかなんて、自分でも表現できない場合だってあるんです。

そういった全編の前ふりを踏まえ、最後の面接で主人公が「自分自身」を1分の時間制限を無視してトツトツと喋るシーンは、主人公の心情と成長が伝わりとても感動的でした。
就活真っ只中に見たせいか、何もかもがどストライクで、内容がスッと入ってきた。見終わった後、自分と比較して考えさられることが山ほどあった。(良い意味で)

就活の大変さ、全員がピリピリした時期の人間模様が上手く描かれている。就活中の大学生は絶対に見るべき作品。
Twitterのようにたった140字で自分を表現することはできないし、逆にこんなに簡単に人を傷つけられる、そんな世の中になってしまったんだなと、SNSの便利さと恐ろしさを改めて感じた。

裏垢を作り、自分を正当化して、傷つかないように生きたい願望。それは現実逃避でもあり、仲間に対する嫉妬でもある。そんな佐藤健演じる主人公の気持ちが死ぬほど理解できた。

人間の姑息さ、陰湿さをハッキリと表現して、嫌という程、それらを突きつけてくる。
就活生の私には凄く響いた作品。自分はこんな就活生じゃないと思いたいが、多分多くの就活生が心の中でこう思ってるんだろうなと。どんなに仲良い相手でも、妬むだろうなと。

SNS世代からかけ離れている大人や、難なく就活を終えた優等生にはちんぷんかんぷんな作品だろう。低評価が多いのはそこだと思う。
ごく僅かな人間にしか響かない作品だが、自分のしょーもなさに気付かされる映画でした。見て良かった。
痛くて、痒くて、なにがそんなにいたたまれないのかと思ったら自分の毛嫌いする自分がそこにいた。

浅井リョウが早稲田出身ということもあって、学部とか、そのラベルがもつ意味だとかはなんとなくわかる。彼の周りにあまり存在しないのか、理系の先輩のスマートさはそんなんいないよ笑と思ったりもしたが、国教、社学、文講などなど、ああわかる、わかるぞといった感じで、もはや内輪の学芸会を見ているような気になった。

就活。内定。人脈。インターン。OB訪問。大学に入って、そんな言葉が嫌でも周りをちらつく。自分が何をしたいのか、牽いては「何者なのか」を模索し、「何者かにならなければいけない」焦りに常に駆られている。一歩リードする意識の高い自分であったり、センシティブでクリエイティブな自分であったり、常にドラマを抱えている主人公な自分であったり、そんな周りからは一線を画したオブザーバーな自分であったり、どういう形であれ、きっと多くの人が周りとは違う自分であると信じて立っている。そんな痛い現実を突きつけられた。

昔、桐島を見たときにはつまらないと思ってしまった。何者を見たのがこの時期でよかった。高校生にはわからない、SNSのネイティブでない世代にはもっとわからない、現代の大学生だからこそこんなにぐさぐさ刺さったのだと思う。

日常がどんどんと劇になっていく。すべての人が演者で、語り手で、世界はセットのうに用意された空間で、怒濤のようになんでもなかった世界が回転していくあの恐ろしさ。枕詞のように発せられる「Twitterで見たんだけど、」。さらっと事も無げに言われる「検索すれば出るよ」。裏アカ。表アカ。鍵。ツイ消し。痛い。怖い。自分だ。あの人だ。迫る恐怖に耐えきれず、一瞬ふっと目をそらした。

何者になろうともがく痛々しさを、わかった上で必死にもがくしかない。

観察者になってはいけない。

自分の人生は痛々しい主人公として生きなければいけない。

その事を、強く思い知らされた。
2回目の鑑賞。パパがいて集中できなかった。やっぱり2回目は好きだけど普通くらいになる。映画館のぞわぞわした感じはない。
SNSでエゴサーチするの現代ぽかった。二階堂ふみと佐藤健の最後のシーンゾクゾクした。
小説ありきの映画は大体ふわっとした映画になる気がする。
たぶん小説は面白いのだろう。
映画より繊細な心理描写が醍醐味なのだろう。
が映画にすると 捨て台詞、、、えっ?
の繰り返しのシーンが多くて小説苦手派からするとイライラする。
追っかけて聞いたら?
言う方もちゃんと返事待ったら?
と思ってしまう。

みんな心の闇があるだろう。ツイッターなんかあるから書いてしまうのだ。ツイッターは悪だと言う話。
でも劇中に「ツイッター」が出てくるって事は映画に出資してるってことか。それならなかなかの太っ腹。マイナスイメージをもろともしてないのか。

おじさんからしたらホントSNSとか怖い。
やっぱりしなくてよかったと思ってしまった。
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