あーや

マンチェスター・バイ・ザ・シーのあーやのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

アメリカの作品でここまで静かな作品もあるのですね。
地理が全くダメな私は観始めてから暫くは「マンチェスターってどこやっけ?この寂しい雰囲気やとイギリスかな」なんて思っていましたが、 舞台はイギリスのマンチェスターではなくてタイトルそのままアメリカに実在する街の名前だったのですね。ボストンの名前が出てきてやっとアメリカだとはっきりわかりました。アカデミー賞も複数受賞したそうですが、うん。納得です。どうせアメリカ映画だろぉーと思っていたら面喰らいますよ。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」です。
主人公のリー(ケイシー・アフレック)はボストンのアパートで便利屋として働いています。ある日、兄のジョーが突然亡くなったためボストンから地元であるマンチェスターに戻って来ました。そこで久しぶりに再会した甥っ子のパトリックは16歳。でも16歳の割に彼が言う事はしっかりしていて、後見人になったリーの方が寧ろ人間嫌いで無愛想な甲斐性無しの男なのです。
リーがなぜそのような人間になってしまったのか・・?彼の現在と過去とを交互に観せながら両方の物語が進んでいきます。リーにはどうしても乗り越えられない過去があり、マンチェスターに滞在しているとその時の記憶が簡単なきっかけで蘇ってしまう。街にいると記憶が蘇るどころか元妻や彼女の再婚相手とも出会ってしまい、彼の心は掻き乱れっぱなしです。むしゃくしゃした気持ちのままパトリックと一つ屋根の下に住んでいるため、会話は全く成り立たない。お互いに段々ストレスが溜まってゆく。そんなある時、パトリックがパニックに陥る。いくらしっかりしていてもやはりお父さんを亡くしたばかりのティーンエイジャーです。そこから少しずつ本当に少しづつですが、リーの気持ちが変わり始める。逃げようとしていた街、避け続けていた人たち、後悔し続けていたと過去と向き合い出したのです。それでも決して上手くはない。乱れる気持ちを整えてたどたどしく言葉を発するのがやっとなのです。
対するパトリックも会いたいと願っていた母親と彼女の新しいパートナーに再会できたものの、どうもウマが合わずにバツの悪い思いをして自分の居場所を見失っていた。
感情を表すのが苦手な2人。心に深い傷を負った2人。そんな2人の間にある揺らぎを互いにキャッチし合えないキャッチボールシーンが表している。情けなく傷を舐め合う事はしないし、気安くハグすることも心が許さない。うまくキャッチボールができないくらいの距離が今は丁度いいのでしょう。そのあとのラストシーンにはグッときました。映画の冒頭で幼いパトリックとまだ心に傷を負っていないリーが船でじゃれ合いながら釣りをしていたシーンと、大人になった2人がカメラに背中を向けて無言で釣り糸を垂らすラストシーンとの対比です。これにはうるっとしてしまいました。この結末は決してはっきりとしたハッピーエンドではないし、リーの心もパトリックの心もまだ素直になれずに揺れ続けている。その不安定な距離感を画の力でうまく表しています。やたらと自暴自棄になったり精神的に落ち着かなかったりしている2人ですが、静かな海辺に落ち着くことでやっと先のことを考えられる余裕ができたのでしょうか。冷たい空気が張りつめた街で生きる、過去と現在に問題を抱えた人たちの日常を静観したような作品でした。心に負った傷から無理して立ち直ろうと努めるのでは無く、時には「乗り越えられないんだ」と自分の弱さを認めて相手に伝えることも大切ですね。いつもリーを気にかけていたお兄さんが最後に自分が出来ることとして、パトリックの後見人になることでリーに生まれ変わるきっかけを与えてくれたのかもしれません。
アメリカ映画らしい派手なCGも明るいアメリカンジョークも長い台詞や華やかな音楽も無い。作品の肝となる部分はキャラクターに語らせずに観客に悟らせる演出も上手い。あまりに音が無くて静かなので途中で横の席の人のお腹の音も聞こえてしまいました。ちょうど晩ご飯時の上映だったのでね。。上映前にパンを1つかじっておいてよかったです。
あと、ミシェルウィリアムズは金髪ショートカットがとてもよく似合う。再会時のショートカット姿の彼女がとても美しくて「ああ、いい人再婚できたのね」という雰囲気が出ていました。綺麗だった。
あーや

あーや