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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のrayconteのレビュー・感想・評価

5.0
「サウンドオブメタル」というタイトルとポスター写真から、メタルミュージックに関する映画だと勘違いされそうだけど、全然関係ない。
意訳としては「機械(金属)の音」というところだろうか。
ミュージシャンを生業に恋人とその日暮らしを続ける主人公が、重度の突発性難聴を患ってしまうという物語だ。
音楽の映画でこそないものの、本作はよりプリミティブな「音」を扱った作品である。
だが、この物語のテーマは「音」ではなく、人生の岐路そのものだ。
ある日突如一変した世界の中で、どう自分が適応し、生きていくかの道程を描くものである。これは病気や障害というだけでなく、誰にでも当てはまる普遍的な事柄だ。

主人公は突発性難聴によって突如生きる世界が一変してしまうわけだが、過度に慌てるとか焦るとか、自暴自棄になるようなことはない。
恐らくだけれど、たとえば彼のような状況が訪れた場合、ほとんどの人も彼と同じような反応をするのではないだろうか。
自分の身に起こったことに現実感が得られず、どこか他人事のように受け止め、出来ることから粛々と進めていく。そして、自分の耳が聞こえないことよりも、自分に対する周りの反応や失われるもの(彼の場合は音楽と恋人)の方を心配するだろう。
こうした主人公の実存感は、作品がテーマを実現する上でとても重要な役割を持つ。こうしたリアリティが鑑賞者の信頼を獲得し、没入感を生み出すのだ。
決して派手な映画ではないし、ドラマティックな展開があるわけでもないが、誠実にテーマを全うした素晴らしい作品だ。

個人的に最も感動したのが、主人公の恋人の父の造形。
彼は基本的に奔放で身勝手で自己愛の強い人間だが、決して悪人ではない。
娘のことも本当に愛しているのだろうし、だからこそ主人公に対しても優しい。
映画で観ればちょっと勝手な人間に見えるが、彼のような人は普通にいるし、現実ではむしろ周囲から愛されるタイプの人だろう。
だが彼は、すべて自分のためにやっている。娘を愛してはいるが、彼が娘に向ける愛情は、一切娘の視点を考慮していない独善的なものである。
自己愛ゆえのその違和感は、映画という視点を通してでないと観られないものである。
それはまさに、映画にしか出来ないことなのだ。

人には「視点」が必要だ。
自分以外の「視点」を想像することは優しさに繋がり、それが世の中に広がれば、誰もが生きやすい社会になるから。
そして映画は、その視点を与えてくれる存在だ。想像だにしない誰かの物語を通して、世の中にはこんな見方もあるということを教えてくれる。
だからこそ僕は、映画を愛しているし、色々な人に色々な映画を観てほしいと思っている。
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