茶一郎

密偵の茶一郎のレビュー・感想・評価

密偵(2016年製作の映画)
4.1
 今作『密偵』は、日韓併合・日本統治時代における韓国を舞台に、独立運動軍「義烈団」と日本警察との攻防を描く諜報サスペンス。ワーナー・ブラザーズ初の韓国製作品に、ハリウッドから凱旋した韓国映画界きってのヒットメーカー・鬼才キム・ジウン監督が抜擢され、日本と韓国独立軍との情報戦また、その二つの国の間で揺れ動く韓国人日本警察の主人公を140分で描き切る大作であります。

 いわゆる「エスピオナージ(諜報)モノ」ということで、近作では非常に静的だった『裏切りのサーカス』、一方でアクションに振り切った動的な『アトミック・ブロンド』の丁度、中間をいく作品と捉えると分かりやすいかもしれません。
 エスピオナージモノのジャンル的な面白さに加え、キム・ジウン監督作品らしい映像美とスタイリッシュなアクションが光る。
 思えば、今作のキム・ジウン監督に加え、パク・チャヌク監督、そしてポン・ジュノ監督は韓国を代表する映画作家として同時期にハリウッド進出を果たした3人の監督でした。パク・チャヌク監督はハリウッドでエロティックな文芸作品『イノセント・ガーデン』を撮り、凱旋後はより『イノセント・ガーデン』を尖らせた文芸エロスな『お嬢さん』を、ポン・ジュノ監督はアメリカ的と言える資本主義における格差を批評的に描いたエンタメ作『スノーピアサー』の後、やはり『オクジャ』でアメリカ的大量消費・物質主義を批評的に描くなど、ハリウッド進出監督は自身の作家性を映画の本場で磨きをかけ、さらに監督としてキャリアアップをしている印象があります。
 その中でキム・ジウン監督がハリウッドで撮影したのは、80年代の明快なアクションと西部劇を融合させたスタイリッシュなアクション映画『ラスト・スタンド』でした。改めて『ラスト・スタンド』とハリウッド凱旋後、初の監督作となる今作『密偵』を繋げると、監督の持ち味はジャンルムービーを極めて美しい美術・撮影、またスタイリッシュなアクションで仕上げる手腕だったのだと気付きます。

 また、この『密偵』はジャンルムービー的な要素に加え、韓国人でありながら日本の警察として韓国人を捕まえる主人公の心情に焦点が当てられます。
 劇中の「お前はどっちの国の歴史に名を残したいか」という問いにあるように、諜報員として祖国を裏切ることを強いられた男の物語が一層、エスピオナージモノの面白さを際立てます。
 そして、その主人公が最後に取る選択。『甘い人生』、『グッド・バッド・ウィアード』、『悪魔を見た』と、必ず「復讐」というモチーフを物語に組み込んできたキム・ジウン監督ですが、この『密偵』も監督の過去作と並ぶ復讐劇という一面を見せ、爽快なラストを見せてくれました。

 何より闇使い、影使いが美しい。非常に美麗かつスタイリッシュなエスピオナージモノとしてエクストリームな暴力描写なくともハリウッドに決して引けを取らない韓国映画の凄みを感じることができる一品です。
茶一郎

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