会社員

ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣の会社員のレビュー・感想・評価

4.0
若き天才の苦悩とは。

幼い頃から才能を認められ、史上最年少での偉業を成し遂げたバレエダンサー、セルゲイ・ポルーニン。しかし薬物やタトゥー、挙げ句には突然の退団など、世間を騒がせたのは彼の表面的な行動ばかりであった。本作はそうした若き天才の人生を振り返るドキュメンタリー映画である。


貧しいウクライナで生まれ育った彼の非凡な才能を伸ばそうと、父と祖母は出稼ぎに出向き、母は熱心な教育を施すなど、家族全員からのプレッシャーを感じる幼少期を過ごした。しかし一方で、家族や周りの人々を笑顔に出来るバレエの魅力に素直に夢中になっていた。
母と離れ、単身イギリスに残り留学を続ける決断をした後は、自分が頑張れば家族をひとつにできると信じる一方、失敗すれば国に戻されるという言葉に表れるように、プレッシャーは増していく。それでも才能は開花し、人一倍練習を重ねることで飛び級を果たし、また一方で生涯の友人と青春を謳歌することも出来た。
しかし事は順風満帆というわけにはいかない。家族をひとつにするために努力を続けたものの、距離の遠さもあり両親は離婚してしまう。その日から彼は、拠るべきものを失い、誰も信じないと公言するようになってしまう。


イギリスの名門、ロイヤル・バレエ団に入った後もその才能は圧倒的であり、19歳で最年少プリンシパルの座を射止める。その姿は、バレエという制約やルールの中でも、自分の個性を自然に発揮するという、まさに天才と呼ぶべきものであった。
しかし彼はあの日以来目標を失っていた。ファンだけが唯一の心の支えではあったが、周囲の期待に応える過密なスケジュールもあいまって、内側から崩壊していった。薬物、鬱、タトゥーと、あらゆる悪に染まりきった後、突然退団してしまう。世間は彼をバッドボーイと呼び、彼はマスメディアの格好の餌食となった。


初めて自由を手にしたと言えるものの、生きていくために受け入れ先を求めてロシアに発つ。そこではかつてのように大スター扱いはされず、テレビ番組に自分を売り込むところからのスタートだった。そこで、父親代わりにもなる師と出会い、着実に実績を積み重ねていく。西欧から東欧へと全く異なる環境下で一から出直し、再度栄光を掴みとったのである。
しかし次第にロシアでも単調に感じ始める。日々踊りを強制されるような感覚に陥り、踊る理由がわからない中、肉体と義務感の中に監禁されていた。いわゆる普通の子供時代がなく、彼の人生にはバレエしかなく、プロとして生きる以外の選択肢が存在しなかったのである。


ここまで長々と陰に陽に大きく振れる彼の人生を描いてきたが、ある日、彼は久しぶりに親友と会い、あることを告げる。極めて密度の濃い人生を経た彼の決断は、その後世間に感動を与え、それを受け彼自身も変化していくのである。
天才と呼ばれる人間の人生は、決して世間が思うような順調なものではなく、その苦悩と栄光を交互に描く構成にどんどんと引き込まれていく。
これ以上は文字にするのではなく、映像としてぜひ彼の生き様を感じていただきたい。バレエを通じて初めて自分自身を得ることが出来るという彼の姿に、心動かされない者はいないだろう。
会社員

会社員