ベルサイユ製麺

残像のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

残像(2016年製作の映画)
3.5
ポーランドの巨匠アンジョイ・ワイダ監督の遺作。自分は遺作にして初鑑賞になります。…不勉強なり。
第二次大戦後、スターリニズムはポーランドまで拡大。台頭する社会主義・全体主義化の波に翻弄される芸術家ストゥシェミンスキを描きます。実話。
恥ずかしながらこの辺りについての自分の認識は「ポーランドは政治的に凄くややこしそう」で、「芸術は盛んな印象だがストゥシェミンスキは知らない」です…。
当時のポーランドの社会主義的思想の徹底は執拗で、芸術分野も例外では無かったようです。国家が推奨する表現のアーティストにだけ免状が与えられ、好ましく無い者はBANされるのです。
芸術への公権力の介入を良しとしなかったストゥシェミンスキも職を奪われ、食糧の配給も受けられず、憐れな最後を迎えます。作品から観てとれる限りにおいては、彼は何も社会主義に敵対する様な政治思想を持っていたとかでは無く、単に芸術が何かの干渉を受けるのを認められなかったという風に感じられました。その頑なな姿勢は、デザイナーやイラストレーター、勿論ヘブンアーティストみたいなものでも無い、純粋な芸術家としての矜持が窺えます。
今作が遺作という事もあり、自分にはストゥシェミンスキが監督自身の投影にしか思えず、劇中の美術の講義でのストゥシェミンスキの力強い訓示の数々は恰も監督自身からのメッセージの様で本当に感動的でした。願わくばストゥシェミンスキの言葉をもっともっと聞きたかった。
彼の言葉の中でも一際印象的に思えた「人は認識した物しか見ていない」。その言葉を踏まえ、冒頭の余りにも美しい風景の中で学生達に慕われていた彼が、最期、色彩の乏しいショーウィンドウの中で誰の気に留められることもなく踠く姿はいかに示唆的な事でしょう。全体主義は、否応無く個人や個性の犠牲の上に成り立っているのです。

…などと分かった様なフリをしてみたところでこの感想の浅薄さに疑う余地は無く、これも「人は認識した物しか見ていない」の一例に過ぎないのでしょう。とほほ。
こんなボンクラなわたくしでも間違いなく言えるのは、ストゥシェミンスキやワイダ監督の闘いの成果として、例えば映画は現在の様な多様性を獲得し、多くの映画ファンがそれを享受出来ている。こんな、よく分かってないレビューも書けている…と。

…オススメです。冒頭のシークエンスの美しさは本当に驚きです。ここだけのために鑑賞しても損は無いと思いますよ!