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THE BATMAN-ザ・バットマンーのTakoのレビュー・感想・評価

3.0
不道徳と退廃が蔓延した都市――ゴッサム・シティにおいて闇夜に紛れて"悪"と対峙する謎の男、バットマン。その姿を描いた最新作。
ロバート・パティンソンが演じ、いままでのバットマン像とは一線を画す陰鬱な世界観が見事な作品。
ただ、個人的には腑に落ちない点がちらほらあって映画評論家や世間ほどの満足感はありませんでした……

大富豪の両親を殺害されて心に傷を負った青年ブルースは、ゴッサムに溢れる犯罪者たちを打倒するため、黒い覆面とスーツを身にまといバットマンとして活動をはじめた。ブルースがバットマンとなり二年がたった頃、何者かによって現職市長であり、次期市長候補のひとりである人物がむごたらしく殺害された。
そこには『嘘はたくさんだ』という言葉とともに、バットマンへのメッセージが残されていた……

あらすじはこんな具合でして、MCUのアメコミ感や空気に慣れているとかなり面食らうような内容となっています。
ストーリーのモチーフや進行はもちろんのこと、特筆すべきはその空気感でしょう。
映画全体が重苦しい空気に包まれており、それが緩むことはほとんどありません。画作りのトーンも黒を基調にしており、下手すると見にくさを覚えるほどの黒さです。
昨今のバットマン映画といえば、傑作と名高い『ダークナイト』を撮ったクリストファー・ノーランによるバットマン三部作が筆頭に上がりますが、あの空気の十倍は重い。重すぎるよ……!

その空気感を担っている要素はいくつもありますが、ホラー映画を思わせるような恐怖的演出がまずはあげられるでしょう。
監督のインタビューではいくつもの名作サスペンス映画(90年代)を参考にしているとのことですが、演出的手法はかなりホラーチック。
真っ黒な暗闇からゆっくりとバットマンが出てくる瞬間などはもうほとんど敵キャラのそれ!
『恐怖』が今作における重要なファクターとなるためかなり気合の入った恐怖的演出がなされており、全体の空気感をまとめ上げるのに貢献しています。

そしてなにより主演であるロバート・パティルソンによる見事な芝居の力もこの空気感に寄与しています。
いままでのブルース・ウェインといえば、
「表の顔はチャラついた大富豪のボンボン、しかしその実態は……」
といった社交性や社会性(上辺だけのものではありますが)を発揮していますが今作のザ・バットマンではそんな余裕はびた一文ありません。
スーツを着ているときだけでなく神経質な目をギラギラさせ、太陽をまるで浴びてないような青白い肌にあちこちの生傷をつくり、戦うために鍛え上げたバキバキの筋肉を披露している様は、ある意味では作中でもっとも"イカれた"人物だと言えるでしょう。
外出することもほとんどなく、ブルースに出逢った人物でさえ作中では数えるほど。
『TENET』では二枚目半、三枚目風の優男を演じていましたが、その面影すらない圧巻の入りっぷりは見事!

この空気感や映像の美麗さを評価する声は大きく、評論家にもかなり好意的に受け止められているようです。(まぁたしかにノーラン版は無骨だし、そもそも映像的美麗さには興味なさそうだし)

またテーマへの描写にたいしても評価が高く、アメコミ映画としては珍しくがっぷりよつで取り組んでおり、原作へのリスペクトも強く、本来のバットマンである『探偵もの(ディテクティブ)』としても高品質だと言われています。

しかし! 個人的には映像への美意識は同意するものの「ストーリー」と「テーマ」への評価はかなり懐疑的です。
むしろ高くない、どちらかというと低いよりに感じています。

かなり好感触を得ている「ストーリー」ですが、まずもってバットマンの行動がストーリーの進展にプラスに働いていません!
現場に残された証拠や今作のヴィランーーリドラー("謎かけ")から与えられたヒントをもとにいろいろな行動をしていますが、彼の行動はリドラーを追い詰めたことはただの一度もありません。
正体に迫ることのなければ、行動を先読みして、その犯行を阻止することも出来ていません。
そのため、バットマンの行動にストーリーを進行させる力が乏しく、流れのなかでボロりと情報が観客に提示されているにすぎません。

かなり予告編やキャッチコピーで振り回されている『謎解き』要素ですが、これも観客が考えたり、想像したりする間もなくバットマンが持ち前の知識と知恵で即座に読み解いてしまうため、ミステリーとしてのオモシロさも担保されていません。

スリラーを盛り上げ、面白くする基本的テクニックとして【予告】というものがあげられますが、これは名監督ヒッチコックが多用していたもので、
「これから起きるであろうことをあらかじめ提示しておく」
という手法になります。
たとえば『平穏なカフェテリアに爆弾が仕掛けられている』というシーンがあったとき、捜査側よりも先に犯人側による「爆弾のセット」が明示されるという形で描かれます。
もしこの「爆弾のセット」シーンが明らかになっていない場合、視聴者は突如として爆弾の脅威を知ることとなり、スリラー作品でもっとも大切である「これからどうなってしまうのだろうか!?」という緊張を味わうことができなくなります。
(よく今作と『セブン』を並べておなじくらいスリリングという人がいますが、あれは【"七つ"の大罪】というギミックがあるからこそスリリングなんだぜ!)

今作の『ザ・バットマン』ではこの【予告】のテクニックがほとんど使われず、目の前にただ謎やアクションが並べられるばかりで、スリリングさを味わいにくい構造になってしまっています。
見せて欲しいのは『リドラー』側の動きであり、これにより【予告】が発生し、これからの展開に強い緊張感をもたらしてくれるのになぁ、と感じました。

キャットウーマンとのやりとりや、ゴッサムシティに蔓延る巨悪との対峙という複数の要素を盛り込んだ結果、サスペンスというジャンルが持つ強力な武器を手放した格好になってしまっています。

また『リドラー』が誰なのか?
というミステリというジャンルが持つ訴求力もこの作品では使われず、
「サスペンスとしてのオモシロさ」も
「ミステリとしてのオモシロさ」
も十分には発揮できていません。

また『リドラー』サイドを作中でまったく描かなかった弊害は、テーマの描き方や着地の仕方にも影響を及ぼしています。

連続殺人犯『リドラー』の選択した手段は最低であり、選んではいけないのは言うまでもありませんが、彼がやろうとしたことは彼なりの『正義』にもとづいて実行されているという側面は否定できません。

バットマンの出現により、恐怖による悪への対抗方法が有効であると示されたことで、リドラーが犯行を決意したことも、彼が彼なりの『正義』によって行動していることは推察できます。
そして、バットマンとリドラーの直接対決でのやりとりの中でも言及されるように、リドラーはその犯行目的や背景を通じて、バットマンの『偽善』を糾弾しているのです。

この『正義』という概念が今作ではかなり重要なテーマとなっており、彼の行動や言動がバットマンへの強力なアンチテーゼとして機能しています。
彼がこの行動を取ろうとしたきっかけや目的については、本作のネタバレになってしまうためここでは割愛しますが、作中においてストーリーが進行するとこの事実が明らかになっていきます。

しかし!

この『事実』については、キャラクターからのセリフによってのみ明示され、あくまでも情報単位でしか観客は受け止めることができません。
彼の境遇や理不尽、悲しみや恐怖については、イメージするほかなく、実態のある感情としてはまったく描かれていません。
そのため、最終局面においてリドラーが選択した手段(観た人ならわかるよね)についてキャラクターの感情が結びついていないように見えてしまいます。

というのも『最後の攻撃』とも言うべき選択は、いままの「街に巣くっている本当の悪を断罪する」というモチベーションとはまったく別種のものであり、言ってしまえばやけっぱちの破滅的思考にすぎません。
その決断に至った経緯が作中では見られず、その選択の整合性が取れていないのです。

「そんなんリドラーが異常者のいかれポンチだからに決まってるだろうが!」

という意見もあるかもしれませんが、一貫性のあるいかれポンチ具合だったにも関わらず(それがストーリーの進行の大半を占める)それを突如として裏切るような(悪い意味で)アクションはうなずけません。
これは、制作者サイドの都合であり、キャラクターから発せられたナチュラルなモチベーションによる行動ではないのです。
制作者の都合によってキャラクターが動かされた時点で、その作品の質や格はぐっと低下します。

キャラクターの境遇や行動を通じて、感情やモチベーションを追体験することこそが物語が持っている真の意義であり、作者自身の言いたい事をそのまま代弁させている限り、それは物語ではなくただの主張やスピーチにすぎません。(強い言葉を使うのならば)

リドラーが異常者であり、いかれポンチであり、単なる個人的感情を発散したい復讐者であることは間違いなく、それを描くのはまったくいいのですが、それを生き生きとした"キャラクター"として映画のなかで描いてもらえればなお良かったと感じています。

これ以外にも気になる点や承服しがたい点などもありますが、現時点でもアホほど長くなってしまったのでこのあたりでおしまいにしたいと思います。
(ただ最後に一つだけ言っておきたいのが、一番の不満はバットマンがなんの落とし前もつけてないことだ! 自分自身が仮面で隠れて私的制裁をしている変態野郎だってことを自覚して真の『正義』に目覚めたのはいいけどいままでの変態的所業についての清算をしてないのが気に入らない! バランスが合ってないでしょ!)

いろいろとごちゃごちゃ書いていますが、空気感の作り方は抜群に素晴らしく、音楽とのマッチングも過去最高のバットマン作品といえるでしょう。
ジェットエンジン(のようなもの)を搭載したバットモービルでのカーチェイスは思わず爆笑していまうほど最高のシーンですので、3時間弱の映画でも全然余裕だぜ! という方や、骨太な作風、ロバート・パティンソンのセクシーな佇まいを味わいたいという方にはぜひオススメです!
もちろんご視聴は映画館でどうぞ!
Tako

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