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TENET テネットのTakoのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
4.2
クリストファー・ノーラン監督が描く、現在と過去と未来の壮大な物語。
家族愛をベースとした『インターステラー』とは異なる角度で描いた“時間”と“人類”との洞察は極めて難解であるものの、優れたSF作品としてまとめ上げた剛腕は見事。
ただ、やっぱり人を選ぶよね…

時間が『逆行』する弾丸の秘密を探れ―ー特殊部隊の“名もなき男”は上司からそう命令され、武器商人の世界へと足を踏み入れる……
というSFスパイアクション映画的なあらすじですが、その圧力、作り込み、難解さは他の追随を許しません。

まぁなにせ難しい!

というのも、この時間の『逆行』が曲者で、かなり専門的な物理学を履修していないと、肌感覚として現象が理解できず、ストーリーを追いかけるどころではなくなってしまうからです。
序盤はいかにもなスパイものとして進むので、それほど苦しいことはありませんが、中盤、終盤にかけての怒涛の『逆行』体験では、
「え、いまどうなってんの? どういう原理、理屈だっけ? というか彼らは何を目的にして行動してるんだっけ?」
と混乱すること請け合いです。
「マクスウェルの悪魔」「エントロピー増大の法則」「素粒子物理学」などについて、一定の教養がない限り、この映画を最大限に楽しむことは非常に困難です。

ただ、そんなSF的教養がなくとも、かなり骨太なスパイものとして非常によくできた作品ですので、あまり深く考えずに映像の凄まじさを堪能するだけでもとても楽しい映画体験を得られるのは、さすがクリストファー・ノーランといったところ。

問題発見と解決のプロセスが明確であり、次に何をしなければならないのか、どのようにその困難に立ち向かうのか、そして予期せぬ障害、アクシデントに見舞われることによってひっ迫する状況。
それらすべてがバランスよく展開されるので、長尺であってもさしてダレル瞬間がないのは優れた手腕があるからこそでしょう。
『TENET』やメインビジュアルにあるような回文的表現もストーリーに落とし込むのは小憎たらしいほど巧みです。

個人的にやや引っかかるのは、自分の命さえも任務のためであれば差し出してしまうようなプロフェッショナルの主人公が、任務で出会った女性を救うために、使命をややないがしろにするような行動を取ったのは、若干の引っかかりを覚えました。
とはいえ、ストーリーやキャラクターを破綻させるほどではないので、単純に好みの問題ではありますが。
もう一つ、やや不満があるとすれば、ラスボス、黒幕の弱さでしょう。
行動や性格などにはあまり不満はありませんが、その動機やスケール感がやや設定の重層感や難解さにくらべるとチープに感じてしまいます。
そのギャップ感を狙ったのかもしれませんが、世界の存亡をかけて戦っているのですから、もうちょっと大上段に構えても良かったかもしれません。
(追記)
よくよく考えてみると、一個人にすぎない武器商人が世界の存亡を握っている、というシチュエーションそのものが、現実のそれを表現しているのでは? という疑問が浮かびました。
すでに人類は世界を滅ぼせるほどの核兵器を生み出していて、やろうとおもえばたった一人の手、指先一つで破滅させられるという状況は、すでに現実のものであり、フィクションではないのです。
それを思えばこの作品が、常に「現実とどう向き合うか」を強く主張している点からしても、かなりリアリティのある敵造形であるような気がして仕方がありません。
(追記終わり)

設定、ストーリーともに秀逸ですが、その中で抜きんでて良かったのがキャラクターです。
主人公である“名もなき男”の落ち着いた、それでいてユーモアと人情のある造形も素晴らしいですが、個人的に一押しはやはり相棒のニールです。
お助けキャラ的な立ち位置で登場するのですが、ストーリーの途中からがっつりと関わってくる、2枚目半かつ伊達男風の人物ですが、そのバランスが最高!
“名ものなき男”は、つねに孤軍奮闘(もちろんコネクションなどは活用しますが)で任務に挑み、それがつねに困難を極めるため、見ているほうがしんどくなるほどのプレッシャーを受けています。
そんな中、ちょっと緩い雰囲気のニールが一緒にいてくれることで、どれほど負担が軽くなることか!
しかも物理学に明るく、現場の任務においても超有能と、これほど相棒として頼りになるキャラクターはそう多くありません。
ラストシーンの彼の表情は、この映画のエモーショナルな面をすべて請け負ったかのような素晴らしいシーンなので、二度、三度と見たくなる魅力が詰まった最高の芝居でした。

「お話」を構成する大きな要素として、設定、ストーリー、キャラクターがあるとすれば、「映画」を構成する要素として強烈なのが画作りだと思っていますが、この画作りについてもやはりクリストファー・ノーランは抜きんでたセンスの持ち主だと感じました。
特に、冒頭の特殊任務の突入シーンにおいて、3-4人が隊列を組んでまっすぐ突き進むシーンがありますが、その画、カメラが素晴らしい!
最後尾について一緒になって走るように撮影されていますが、この一瞬のシーンによって一気に観ている人間を画面の中に連れていく効果があり、これから始まるアクションへの没入感を自然と高めています。
これ以外のシーンであっても、平凡な説明シーンやエモーショナルなやりとりのシーン、どこを切っても安っぽい画がなく、構図やカメラ、画面処理などのセンスが光っていました。

SF的な教養を強く要求するため、万人が万人、完全に楽しむことは困難な作品ですが、すべてのバランスが高く、質の高いSFスパイアクションとして楽しめる本作、ちょっとでも気になっている方には視聴を強くオススメします!
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