Tako

ジョーカーのTakoのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.0
おそらく世界でもっとも有名なヴィランーージョーカー、それに至るまでの軌跡を描いた怪作。
精神が不安定な方は鑑賞をご遠慮ください、とまで言われた作品は映画界広しといえどもそう多くはないでしょう。
極限まで主人公になりきったホアキン・フェニックスの表現力に感服。

派遣ピエロのアーサー(ホアキン・フェニックス)は表舞台のコメディアンを夢見ながらも自身の病と体調を崩した母親の介護に明け暮れて貧しい生活を送っていた。そんな折、街の悪童らから暴行を受け看板を破損してしまう。自分の責任ではないにも関わらず事務所を首になってしまった彼の人生はゆっくりと、しかし確実に"狂い"が滲みだしてきて――

といったあらすじですが、この作品を鑑賞して、まず最初にはっきりさせておきたいことが、

これは"『悪』のカリスマ"の物語ではない

ということです。
日本版の宣伝文句でもしきりに言われていましたが、この物語は(もちろん私見ですが)"悪"を描いているようにはまったく見えません。

ストーリーはつねにアーサーを中心に展開していきますが、彼が暴力を振るうのは、いつでも"報復"のためであり、自分の欲望を満たすために"力"を行使したことはただの一度もありません。
(その可能性があるシーンはありますがじかに描かれていないのでセーフ)

若いビジネスマン→自己防衛
元同僚→彼に銃を押し売られたことで解雇された
母親→アーサーの人生を支配していた
司会者→コケにして晒し者にした

と、そもそも被害者たちがアーサーに害を与えていなければ事件は起こりようもないものばかり。なにかを奪われた者が復讐を果たした構図のみが描かれており、制作陣の強い意図があるように感じられます。おそらく。

"悪"をなんと定義するか。
この命題そのものが非常に難しくセンシティブな問題ではありますが、仮にここでは
「全人類がその手段を選択したとき、人類が滅亡すること(カント)」
を"悪"の定義だとすると、果たしたアーサーの行為は"悪"だと断定できるかは非常に難しいと言わざるを得ません。(だって相手がいなければ報復は発生しないのだから人類が滅亡することはないでしょ?)

殺人という行為すべてを悪だとするのもうなずけますが、少なくともアーサーと言う人物の過去や抱えている問題を"目撃"し共感した側からすると、彼を評して"悪のカリスマ"と呼ぶには無理があるのではないでしょうか。
あくまでもこの作品のテーマは『弱者による復讐』だと個人的には判断しています。

このテーマを強力に支えているのが、誰でもない主演のホアキン・フェニックスその人です。
アーサーになりきるため数十キロにもおよぶ減量に挑み、どっぷりと役に入り込んだ演技はまさしく怪演というに相応しい迫力でした。
キャラクター・ジョーカーを見事に演じきった俳優といえば、クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』でのヒース・レジャーが筆頭に上がりますが、彼とはまた違った側面、そして繋がっている世界観をしっかりと表現していました。
今作『ジョーカー』ではこれまでの作品とは異なり独立した別世界を舞台としています。おなじ名前のキャラクターといえどもまったく別の人物となっているにも関わらず、その"狂気"じみた芝居はいずれも通じるところがあり、この「ジョーカー」という役がいかに憑りついてくるかを証明しているようかのようです。
本作品においても理解しがたい不可思議なシーンや言動が数多く存在しますが、それらの多くはホアキン・フェニックスのアドリブだというから驚きです。
(冷蔵庫に入り込むシーンなんかはその筆頭。監督もよく採用したなぁ)

キャラクター個人のエモーショナルを描く作品となると、往々にしてストーリーが散漫になりがちですが『ジョーカー』では、
「アーサーの出自がじつは裕福ものであり、いまの生活からすんなりと抜け出せるのではないか」
という中心的な命題を、さながらミステリー作品のように追いかけていくためストーリーに集中できるような作りになっています。
しかも途中から警察から追われる立場となるため気が抜けないのもテリングの妙。
さらに、かなり早い段階で、
「アーサーは時折妄想に入り込み、それがストーリーとして表出しているよ」
と宣言されるため、観客はいま目の前で起こっている出来事が本当のことなのか、それともまったくの妄想なのかに注意しなければならず、それがこの作品に独特の緊張感をもたらしています。

ただ反面、このギミックによってストーリーがわかりにくいという弱点もあります。考察や演出意図を読みとくのが好きだ、という好き者ならばこういったギミックは大歓迎ですが、素直に映画を味わいたいんだけど、という人は辟易してしまうかもしれません。

またこの作品ではさまざまな考察がなされ、どの解釈が「正解」なのかを探っていく楽しみ方もありますが、個人的にはあまり興味なし。
目の前に提示されたキャラクターたちの行動こそ描かれているすべてであり「アーサーはいつから"ジョーカー"になったのか」論争や「銃弾の数が多すぎるから事件すべてはアーサーの妄想」説なども楽しめる人だけが楽しめばいいと思っています。正直よくわからんね!

画作りの斬新さ、役者の芝居力、音楽、テーマ、ストーリーテリングとすべての水準が高いものの、その表現の暴力性から万人にはお勧めできませんが、心が軋んでくる苦しさや抜群の演技力を味わいたい人にはぜひ観てもらいたい作品に違いありません。
何年後か、この作品が話題にもあがらなくなったとき監督自らがすべての"答え合わせ"をしてくれるそうなので、それを楽しむためにはぜひ一度ご鑑賞を!
Tako

Tako