茶一郎

ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男の茶一郎のレビュー・感想・評価

4.4
第二次世界大戦、イギリスにとって最も過酷な闇の時間。首相チャーチルがその闇に差す光となる一部始終を描く『ウィンストン・チャーチル』。原題『darkest hour』は、イギリスのことわざ「夜明け前が一番暗い (The darkest hour is just before the dawn.)」を指します。

 話題になっているゲイリー・オールドマンのアカデミー主演男優賞を獲得した演技、そのゲイリー・オールドマンをウィンストン・チャーチルに化けさせたアカデミーメイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞の辻一弘氏のメイク。そんな最高の演技とメイクアップがかすむほどの撮影、衣装、プロダクション・デザイン、脚本、そして本作がおそらくベストワークだと思えるジョー・ライト監督の演出、全てが高レベルで濃縮された一秒たりとも緊張が途切れない濃厚な映画体験を味わう事ができる作品でした。

 イギリス暗黒の時間「darkest hour」を、本作『ウィンストン・チャーチル』では文字通り「暗闇」で表現する。全編、おおよそ現世とは思えない地獄のように「暗い」画面が続きます。そして、そんな暗黒が延々と続く暗〜い映画に突然、現れる光は葉巻に点いた火。もちろん葉巻を吸っているのは主人公であるチャーチル。この闇に対して突如、光が登場するシーンが、この映画におけるチャーチル登場の瞬間です。
 映像は光と闇の芸術そのものですが、本作は闇使いと光使いの対比が特に際立った作品だと思いました。ダンケルクでの孤立、カレー部隊の撤退、どんどんとナチスに追い詰められるイギリス、そして失策から身内の閣僚からも追い詰められるチャーチルを「黒」で囲む超現実的な画作り。このようなケレン味のある画を史実モノに、違和感なく入れ込む手腕は見事です。
 本作の素晴らしい撮影を担当したのは、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』でも見事な闇使いを見せた天才ブリュノ・デルボネル。そりゃ画が凄くなる訳だ。

 下手に語ると、渋いおじちゃんの政治家が向かい合って喋っているだけの映画で終わってしまいそうな物語をスリリングなものに仕上げたのは、『博士と彼女のセオリー』でも高い評価を得たアンソニー・マクカーテン氏です。
 何より、本作は史実モノである以上にチャーチル個人の物語。他人に厳しい自分本位で頑固な男が、ようやく自分の世界に他人を迎え成長する物語として本作を成立させたのは見事としか表現できません。
 今までは地図の上の「数字」に過ぎなかった人々と直接向き合う事でようやく数字が「人」になる地下鉄のシーンは、チャーチルの成長が達成した瞬間として本作における最も感動的なシーンとして記憶に刻み込まれます。

 そういえば過去作『つぐない』でもダンケルクの戦場を描いたジョー・ライト監督ですが、本作は同年公開、クリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』の裏側を見る事ができる作品としても興味深いです。ぜひ『ダンケルク』と合わせてご覧下さい。
茶一郎

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