2018年制作、デイミアン・チャゼル監督による史実に基くヒューマンドラマである。
ニール・アームストロングは人類で初の地球外惑星に降りたった人物である。
地球一周を成し遂げたマゼランやアメリカ大陸を発見したコロンブスを凌駕する業績と言っても過言ではない。
勿論、それは幾多の犠牲と困難の積み重ねの上に成し遂げられた偉業であり、NASAの宇宙開発集団を象徴してということになる。
中学生の頃、社会科の教科書には歴史年表が綴じられていて重要事項は太い赤字で記入されていたが、この月面初着陸は間違いなく赤字で大きく記載される筈と確信したものである。
とは言え何故成し遂げた事の大きさの割には、今まで彼を真正面から取り上げた映画が無かったのか不思議である。
彼を詳細にして忠実に取材・調査したこの映画を観るにつけ、その理由がわかるような気がする。
頭脳明晰、寡黙で冷静沈着なのはよく聞いていたが、それに加えて家族思いであって謙虚なのだ。
アメリカ人には珍しく自分を抑えて、派手にならず、前面に出ることはない性格なのだ。
彼が2歳の娘カレンを小児癌で亡くしていることは知らなかったが、全編に夭逝した彼女への愛情と思いが通底しているが為、全体的に感情を抑えた静かで暗いトーンが続く。
この手のNASAの宇宙開発物には「ライト・スタッフ」、「アポロ13」、「ドリーム」などアグレッシブな成功譚があるが、それらとは一線を画している作品であると言っていい。
ただし、それがマイナスに働いているのではなく、むしろ家族や娘への思いと犠牲になっていった仲間達への思いを胸に過酷な状況をどう乗り越えていったのかを淡々と描いていて胸に迫ってくることに貢献していて、尚且つ深みを増している。
冷静で冷たいと捉えられがちであったニールの真の姿を捉えていて認識を新たにもする。
とりわけ映像の視点が宇宙飛行士の目線で描かれていて、こんなにも船内は揺れ、振動し、軋むのかと手に汗握る。
まるで凸凹道を古いオンボロトラックに乗って猛スピードで走る抜けるような音である。
サターンロケットは世界最大の推力を誇っており、全長110m、直径10m、自重2900tの物体を地球の重力に逆らって大気圏外に飛び出させる推力は巨大であり、毎秒数トンの燃料が噴出されることになる。
それはあたかも巨大な大陸間弾道ミサイルの先に操縦席を設けているのに他ならない。
それを操縦席から宇宙飛行士に同化して体感できるのである。
映画の造形として大気圏と外の宇宙との大音響と静寂のコントラストが素晴らしい。
これほどまでに音響が映画の重要な位置を占めている作品もそうあるものではない。
映画はこうしたメカニカルな部分をリアルに描きながら轟音と静寂の中に一人の男の苦悩と家族への愛情を全編に漂わせて秀逸である。
ニールが月面のクレーターの淵に立ち、クレーターの影の中に愛娘カレンのしていた玩具のブレスレットを優しく投げ入れるシーンは言葉はいらない。