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ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめのTEPPEIのレビュー・感想・評価

5.0
終始面白おかしくて、笑えて、泣けて考えさせられ、とにかく色んな側面の良き部分を集約させて見事なコメディーとして成り立っている「ビッグ・シック」は知的で感動に満ちている。パキスタン出身のクメイルはイスラム教徒であり、伝統的かつ保守的な移民一家の一員でありながらスタンドアップコメディ兼タクシードライバー。そんな彼は白人のアメリカ人エミリーと恋に落ちるが、そこから度重なる文化という壁が立ちはだかる。僕は海外在住している時も、たとえばベトナム人とアメリカ人の結婚、中国人とアメリカ人の結婚、フィリピン人とアメリカ人の結婚…と様々な恋模様を見てきた。移民の国、自由の国というアメリカはその表現自体がリベラルではあるものの、移民はわざわざアメリカ文化に適応する必要はない。しかしながらクメイルのように育ちがアメリカなら、一体何を信じて、家族が大事とわかっていても狂おしい恋愛にぶつかったら?という葛藤がこれまでマンネリとなっていたロマンスムービーに新しい要素を入れている。脚本に関しては完璧と言わざるを得ない。
9.11は実行犯のうち15人はサウジアラビア人だけれども、トランプ大統領が移民の受け入れ拒否の対象には入れなかった。それは彼らがビジネスにおいて石油という宝を保持しているからだ。本作にも9.11をイスラム教徒はどう思っているのかというやり取りがあるが、実に挑戦的で同時にアメリカという複雑な人間模様と国が表現されている。なんと言っても、病気で昏睡状態になったエミリーを見守るクメイルと彼女の両親が共に理解し、成長していく描写はとにかく見応えがありドラマがある。彼らがリベラルであろうが、保守的であろうが、本作においてクメイルという人間に惹かれたことは確かだ。「自由勝手に生きることがアメリカン・ドリームか?」
クメイルのアイデンティティは苦しい要素だろうが、エミリーがキュートであり、しかもクメイルに夢中になっていく過程はまさに現代アメリカに対するメタファーとも言える。ここまでシビアな内容をコメディーに仕上げたのも、実在のエミリーがそうしたいと願ったからだ。本人役として出演しているクメイルも2人の文化交流はいつでも笑いであったことを認めている。
エミリーの両親を演じたホリー・ハンターとレイ・ロマーノ、そして「ルビー・スピークル」でもキュートなヒロインを演じたゾーイ・カザンといった魅力的なキャストたちが脚本をさらに活かした。願わくばぜひオスカー脚本賞を取って欲しいものだ。
そして本人役でもあったクメイルは当時を振り返りながら、常に撮影現場にエミリーを連れて演じていたためか自然な演技でリアルだ。セリフひとつひとつが印象的で、アメリカに物申している。はっきり言って、アメリカの政治システムや宗教、宗派を理解してないと全く身近な題材ではない日本では評価は難しいかもしれない。しかしながらこんなに途中から号泣すると思わなかった。メッカの方に祈る…外国人と関わる事も多いので、お祈りの時間など身近に感じる実体験からこそ観れる演出のリアリティ。製作者のジャド・アパトーでは最高傑作ではないかと。
総評として2017年にわずか5館からスタートした「ビッグ・シック」はチャーミングで知的な傑作である。少なくともこの素敵な実話はとても観客を救われた気持ちにさせてくれる。日本公開時期が2018年だが、新年早々、満点を与えたい映画。アメリカで公開時期がもう少し遅ければ、間違いなくオスカー作品賞ノミニーは確実だった。胸を張ってお勧めする。最高の映画だった。
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