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LAMB/ラムのTEPPEIのレビュー・感想・評価

LAMB/ラム(2021年製作の映画)
4.4
アカデミー賞外国語映画賞でアイスランド代表作品に選出されるや、意欲作を量産するA24が北米配給権を取得して話題になったネイチャー・スリラー。「LAMB/ラム」はバルディミール・ヨハンソン監督のキャリアが積んできた美しい映像と、想像力を膨らませる楽しさと仕掛けに富んだ非常に斬新な作品だったと言える。

アイスランドの人里離れた田舎で暮らす羊飼いの夫婦が、羊から産まれた“羊ではない何か”を育てていく物語。作家性を問われる作品だが、以外にも、舵取りは「ローグ・ワン」など特殊効果のキャリアを持つ技術職出身のヨハンソン監督である。

まず鑑賞して個人的に思ったことは監督の本棚には絶対にジョージ・オーウェル、サッカレーの本が並んで、ラース・フォン・トリアーの映画のポスターが貼ってあるに違いないと勝手に想像。違っていたら御免なさいって思っていたがインタビュー記事を見ると、トリアー監督のファンであることを公言していた。良かった、当たったから何かくれ。
ともかく、主人公マリアと夫のイングヴァルの立ち位置や性格、背景が説明的でないのが素晴らしい。明らかに過去に囚われている妻マリアと、父性や男らしさに欠ける表面的には良い夫であるイングヴァルの夫婦劇も興味深いし、限られた登場人物の中に眠るドラマが情景やシンメトリーで表現されていて面白い。余計なセリフを省き、時に放たれる詩的なセリフが実は伏線であったり、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督顔負けの時代設定をあやふやにしたトリックなど見応えあり。

「羊ではない何か」の存在や、羊飼いという設定、加えて主人公はマリアというと、観客は旧約聖書との関連を想起するだろう。しかしこれらはミスリードであり、宗教的な要素なんてはっきり言えば一切なし。むしろ宗教的に捉えてこの映画を観ると、「羊ではない何か」をギフトと捉えて育てる夫婦たちのエゴイズムそのもので、監督の思惑通り本作は完全なるシュルレアリスムのネイチャー・スリラーなのだ。それでも、いや舞台であるアイスランドには羊に因んだ宗教的テーマがあるはずだ!と歯向かっても、ごりごりアイスランド博士の監督が「いやそんなのねぇんだわ」と一蹴している。
ただし、アイスランドでは羊はポピュラーな食用肉らしく、それ以外の目的にも利用されるいわば羊と人間の関係がとても近い国でのストーリーなのだ。
エンディングもとても秀逸で、解放の直後に待ち受けるエゴイズムの末路と思わず唸りたくなる圧倒的な余韻に心奪われる。

ノオミ・ラパスの演技も素晴らしく、じわじわと襲う不吉で重い空気と、澄んだ空気を思わせるアイスランドの絶景がコントラストになっており、想像力で補完すべき要素に溢れている。ある意味で説明過多な現代の映画群に突きつける、想像力の欠如に対して警鐘を鳴らしていると言えよう。
決して複雑ではないし、むしろとてもシンプルで観やすい。

総評として、「LAMB/ラム」は意欲的で美しく、予測不能なネイチャー・スリラーで、シュルレアリスムに富んだ斬新かつ残酷な作品である。もっと主張が強くて、別のテーマも加える余裕があったと思う。しかし、監督の映像美と演出が研ぎ澄ませた空気感と、奥行きのある物語を面白くしている。それにしても日本の配給、予告で見せすぎではないか…度肝抜くぐらいがちょうどいいのよ。🐏
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