ベルサイユ製麺

テルマのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

テルマ(2017年製作の映画)
3.6
《注意》画面がめっちゃビカビカします!“忍者くん”の面クリアー時くらい!!

怪人ラース・フォン・トリアーの甥っ子という事で、どんなサタニックな作家なのかと思っていたのですが前作『母の残像』を観た限りでは真逆、とまでは言いませんがラースとは別のアングルでオプティミスティックに人間の姿を描こうとしているように感じました。良い例えではありませんが、高須クリニック院長の克弥氏と、そのご子息の力弥氏みたいな関係に思えたりもします。今後の活躍を楽しみに…なんてレビューで書いた気がします。

そして、最新作は意外にもホラ────!



冒頭。雪深い森の中でライフルを構える父と、幼い彼の娘。標的は雌鹿。娘が固唾を飲んで雌鹿を見つめる中、父はゆっくりと銃身を娘の頭部の方に動かしていく。…しかし、引鉄を引けない。

ノルウェー。オスロのクリスチャン系の大学に進学、新生活を始めた少女テルマ。故郷には父と母が居て、こまめに連絡をとっている。父は物静かで厳格、母は神経質。脚が悪く車椅子生活。
学園生活を楽しむテルマだが、実はごく稀にひきつけを起こす事がある。その事は両親には秘密。
テルマにアンニャという同性の親友が出来た。厳格に育てられたテルマに比べ、うんと活発で自由なアンニャの生き方にテルマは惹きつけられていくが、彼女と共に(テルマの信条からすれば)悪い遊びに手を染める度に強い自責の念にかられ、故郷の父に電話をしては自分の弱い心を律している。
一緒に過ごす時を重ねるにつれ、徐々にアンニャはテルマに特別な好意を持って接して来るようになった。テルマの心も傾いていくが、信心深い彼女の心は引き裂かれ、同時にひきつけの発作の頻度も増えていく。
病院で癲癇の発作の検査を受けるテルマ。装置に固定され、強い光の明滅を見つめているうちに、失われていた子供の頃の記憶が蘇ってきた。…小さい頃、自分には妹がいた。母は産まれたばかりの妹の世話に忙しく、私には構ってくれない。やむなく一人でおとなしくお絵描きをしていても、ベビーベッドでぐずり泣き続ける妹の声が耳障りだ。うるさい…。急に、鳴き声が、消える…。



…て感じの、ちょっとゴシックめのしっかりとしたホラーです。直接的なショック描写はほぼ無く、ただ奇怪な出来事の原因、その力の引き起こし得る事柄に内から静かに戦慄させられます。
役者たち、寡聞にして存じ上げない方ばかりだったのですが、静かな佇まいが素晴らしく想像力を擽ります。主演のエリー・ハーボーさん、たまにジェシー・アイゼンバーグみたいな表情に見える時があって、ヨアキム監督がこの手の顔立ちが好きなのかな?と思いましたね。風景等、底冷えするような撮影も標準以上なのでしょうが、作品の質的に“良過ぎる”という事は無いと思うので、…問題無しという程度かな。
きっと誰もが息を飲んでしまうのは、『フィラデルフィア・エクスペリメント』みたいな窓ガラスに…のシーンと、終盤のボートの地獄コンボのシーン。個人的にはあんなフレッシュな描写が見れただけで観た価値があったと思ってしまいますよ。基本的には大友克洋の『童夢』みたいな話なのだ、とだけ捉えても充分楽しめるのですが、当然そんな訳はなくて…。
蛇の夢。飛び交うカラス。飲酒、カンナビスへの抵抗感。父の役割…。例のアレです。なので、アレへの理解度によってお話の印象は大きく変わってしまいそう。ラストの展開はとっても挑発的ですよね。個人的にはスカッとしました。
…も1つ。ひょっとしたら…、コレは女性にしか理解出来ないお話なのでは?ってのも考えたんですけど、監督は男性だし思い違いかな…?

前作に続き、ヨアヒム監督のヴィジョンの確かさは充分に伝わってきました。満足!…ではあるのですが、奇跡が具現化しちゃうタイプの話は一先ず置いといて、また繊細でリアルな人間ドラマを描いて欲しいです。…思えばラースも『奇跡の海』とか苦手なんですよね…。