茶一郎

スリー・ビルボードの茶一郎のレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
4.7
 恐ろしいほどにパワフル。観客は映画が始まり、すぐさま『スリー・ビルボード』に首元を掴まれたかと思うと、そのまま映画が終わるまでズルズルと引きずり込まれる。常に物語、登場人物が観客の感情を先行し、先の展開など予想することができないスリリングなこの『スリー・ビルボード』は、息もつかせないサスペンスである一方、ブラックなコメディであり、そして登場人物の愛に溢れた感動的なドラマでもある、観ている間、様々な感情に揺さぶられる奇妙な映画体験がありました。

【注意】基本的にどんな映画も前知識を入れないほうが楽しめるということが大いにありますが、特に今作は何の前情報を入れずに鑑賞した方がより作品のパワーを直接感じることができるのではないかと思います。【注意終】

今作『スリー・ビルボード』、娘をレイプ惨殺された母ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が、3枚のビルボード(大きな自立看板)に警察の捜査の不徹底さを追求するメッセージを書いた広告を掲載したことが事の発端になります。今作はこの3枚のビルボードを中心に、様々な登場人物たちの「怒り」、はたまた「優しさ」のバトンタッチを映していきます。
劇中で教訓のように語られる「怒りは新たな怒りを呼ぶ」果たして本当にそうなのか。今作は非常に多層的に登場人物の感情・物語を重ね、一辺倒ではないキャラクター造形によってこの世界が二元論に基づいた単純なものではないという事を観客に思い知らせていきます。

今作『スリー・ビルボード』の監督マーティン・マクドナー氏は劇作家として高い評価を得た後、映画界に転身。初の監督短編作『Six Shooter』でアカデミー短編作品賞を獲得し、『ヒットマンズ・レクイエム』ではアカデミー脚本賞ノミネート、『セブン・サイコパス』トロント国際映画祭マッドネス部門観客賞受賞、そしていよいよ今作でトロント国際映画祭最高賞(観客賞)を受賞しアカデミー賞に王手をかけるほどまでに勢いをモノにしています。
監督作全てが、コーエン兄弟とタランティーノ作品を混ぜたようなバイオレンスとブラックコメディにまみれたクライム劇という特徴があり、コーエン兄弟的という意味ではこの『スリー・ビルボード』でコーエン兄弟の出世作『ファーゴ』においてアカデミー賞を獲得したフランシス・マクドーマンドと、コーエン兄弟常連の作曲家カーター・バーウェルを起用しているのは偶然ではない気がしてきます。
また、「死」が登場人物たちの感情を強く動かすものとして物語の中心に存在するというのもマーティン・マクドナー作品に一貫しており、『Six Shooter』では妻の死、『ヒットマンズ・レクイエム』では若者暗殺者のミスによって死んだ子供、これらは『スリー・ビルボード』におけるミルドレッドの娘の死に重なるように感じました。

今作の舞台がアメリカの中心に位置するミズーリというのも、非常に象徴的。単に閉塞的な田舎が舞台であること以上に、ミズーリは2014年に黒人警官が無抵抗の青年を撃ち殺した事件が起こり、全世界に、未だにアメリカの田舎においては黒人に対する白人の差別意識が強いことを思い知らせた街でもあります。
 また何と言ってもミズーリは南北戦争において、北部と南部を結ぶ街として州内戦が起きた街。『スリー・ビルボード』における隣人同士の差別・偏見から発展した憎み合いは、かつての南北戦争におけるお隣さん同士で殺し合いの再現とも言えるでしょう。

今作『スリー・ビルボード』は、人種間差別や同性愛者に対する差別・偏見など今のアメリカ含め世界が抱えている問題をベースにしつつ、その「差別する・される」といった一見単純に見える問題を複雑な人間ドラマに昇華することによって、この混沌とした世界、また「人間」の不確かさをあぶり出した傑作として2017年を代表する一本であると確信します。
茶一郎

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