ひこくろ

アルカディアのひこくろのレビュー・感想・評価

アルカディア(2017年製作の映画)
4.6
何も起こらないということがこんなにも不気味なことってあるだろうか。
幼少期に弟を連れてカルト教団から脱げたしたジャスティンは、弟のアーロンが教団の生活する「アルカディア」に惹かれるのを極端に恐れている。
だから、実際にその目で見させて教団の異常さをわからせようとまでする。

しかし、集団自殺の噂がある教団内はおだやかでとてもそんなふうには見えない。
何かを妄信している様子もなく、教義を押し付けてきたりもしない。
人々は自然に溶け込み、健康的で幸せな生活を送っている。
しかも、彼らを裏切ったはずの兄弟の帰還を心から歓迎してくれるのだ。
表裏のない態度で、昔からの友人として。

集団自殺を企てているとか、去勢しているとかいう話は、あくまでも噂話でしかない。
どこからどう見ても、教団の人々には怪しさの欠片もない。
むしろ、おかしなように見えるのは、ジャスティンであり、村に少しだけいる教団以外の人のほうだ。
なのに、それがたまらなく不気味に見えてくる。
何かを隠しているとか、そういのうではなく、ただ意味もなく不気味なのだ。

正常と異常、あるいは正気と狂気の境い目が曖昧になっていることの不気味さ。
もっと言えば、その価値観が反転してしまっていることに対する不気味さ、と言えばいいのだろうか。
いったい何が正しくて、何が間違っているのか、わからなくなる不安感がひたすら怖い。

と、そこまで描いておきながら、ある事実が明かされ、映画は衝撃的な展開を迎える。
それまで見えていた怖さとは、まったく異質の怖さがいきなり現われ、映画自体を変容させてしまう。
完全に違う映画になったという気もするのに、なぜか地続きであるかのようにも感じられる。
このバランスの具合は、お見事としか言いようがない。

気にするほどのことでもない、ちょっとした違和感だったものが、伏線としてすべて繋がっていく面白さ。
加えて、何もかもを丁寧に明かしていきながら、肝心のことだけは一切明かさない大胆さ。
途中までは意味がわかならいでいた冒頭の引用が圧倒的な説得力を持って迫ってくる展開。
設定としても、ストーリーテリングとしても、秀逸だなあと感心した。

「ゲット・アウト」や「アス」なんかと比較されるようなタイプの映画だと思うけれど、僕は断然こっちのほうが気にいった。
どちらかと言えば「ミッドサマー」とか「ソウ」とかと並べておきたいタイプの映画だと思う。
主演のジャスティンとアーロンが、じつは企画・監督・脚本・製作を務めているのも個人的にはめちゃくちゃツボだった(しかも役名が本名と同じ!)。

面白い映画を探している人にぜひ薦めたい一本だ。
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