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オッペンハイマーのひこくろのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.7
(すみません。かなり長いです)

やってくれたなあ、ノーラン、という感覚。

自らの研究を極めることが、イコール殺人兵器の開発に繋がる時、科学者はそれでも自身の研究を貫くのか。
というのが、大きなメインテーマ。
オッペンハイマーは苦悩しつつも、自分の道を邁進し、ついには原爆を完成させてしまう。
このジレンマや葛藤は、なにも科学者にとってばかりのものではないだろう。
医者や薬品開発の人だってそうだろうし、もっと言えば、誰かを傷つけるかもしれないのを覚悟で作品を発表する芸術家だってそうだ。
さらに言うなら、そういう姿勢の以前に、なぜ追求するのかという問題もある。
オッペンハイマーの「俺を見ろ、俺を認めろ」という声なき叫びは、ユダヤ人であることと無関係とは思えない。
迫害され、認められない人だからこそ、追求者でなければいられなかったという思いが強い。

たぶん、ノーランもそういう点も含めて、彼に何か惹かれたのだろう。
でも、この映画がすごいのは、そのテーマにすべてを落としこもうとしないところだ。
戦争というものが、それこそノーランならではの切り口ではっきりと打ち出される。
対ナチスで始まった原爆開発が、ヒトラーの死によっても止められず、いつの間にか日本を降伏させるためという理由にすり替わる怖さ。
仮想敵国にソ連が引っ張り出され、意図的に共産主義者の炙り出しへと繋がっていく狂気。
戦後、まるで生贄を捧げるかのように、オッペンハイマーが槍玉にされていく理不尽さ。

それはまるで「一度始まった戦争は止まらない」というメッセージのように思えてくる。
「ダンケルク」で不条理な死に満ちた戦場を描いたノーランが、外側から見たもうひとつの戦争の姿なんじゃないか、と僕は勝手に思った。

役者もみんな素晴らしい演技で応えていた。
キリアン・マーフィーの良さは言うまでもない。
が同じくらい、らしさを完全に消して挑んだ、ロバート・ダウニー・Jrがとにかく良かった。
マット・デイモンも渋みのあるいい役者になったなあという感じ。

現代をモノクロで、過去をカラーで描くやり方や、賞賛を浴びるオッペンハイマーがひとり原爆の脅威に直面するシーンなど、演出もお見事としか言いようがない。
テーマよし、演出よし、ストーリーテリングよし、演技よし、で、もう圧巻としか言いようがない。
三時間あるなんて思えないほどに、吸い込まれて、一気に観た。
ノーラン信者でもなんでもないのに釘付けになった。
いやあ、すごかった。
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