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タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のohassyのレビュー・感想・評価

3.5
「ソンガンホ ああソンガンホ ソンガンホ。とユ・ヘジン」


ここ最近観た韓国映画のほとんどが「利発な娘を持つダメなお父さんが奮起して成長する話」なのだけれど、本作もまた。
舞台を実際に起こった軍事政権による弾圧事件にしていることで、「コクソン」や「新感染」などよりは生々しく、真実味をもって描かれている。

いや、言うほどダメオヤジではないか。
仕事もがんばっているし、娘も愛しているし。
ただ貧乏で無知なだけ。
それは別に悪いことでもなんでもないな。
男というものはおしなべてダメな生き物なんだろう。

1980年という現代に韓国のような先進国で、このような軍事政権による弾圧と情報統制が行われていたというのも驚きだけれど、ソンガンホの演技(というか存在?)にも本当に驚く。
彼を見ているだけで名作になっちゃう。
ユ・へジンもいい役だったなあ、韓国のおじさん俳優はいつもすごい。

一度だけ韓国に行ったことがあるけれど、韓国のタクシーには2種類あって、観光客向けの割高だけど安心感のあるタクシーと、地元の人が利用するリーズナブルなタクシー。
僕がよく使ったのは地元の人向けのタクシーで、本当にめちゃくちゃ安かった。
感覚的には日本の1/5くらいの価格だったように思う。
そのくらい薄利な商売の上、デモが盛んな時代ではタクシー業はかなり厳しいだろう。
実際ソンガンホ演じるタクシー運転手も、商売あがったりだとデモ隊に悪態をついたりする。

物語を作る時は、観客の視点作りと感情操作が大切なのだけれど、本作はそのどちらもしっかり抑えられていた。
視点は「無知で呑気なタクシー運転手」。
生活や事件を主観的に捉えることで、観客は妙なストーリーの説明を受けることなく、主人公の気持ちに寄り添って観ることができる。
感情操作は、いわゆるコメディからシリアスへの転換。
本作が最も評価されているポイントだと思うけれど、
その演出が終盤の緊迫感や人物描写に効いてくる。
これはもう王道の演出技法で、「物語で感動させたいなら、感情移入させたいならまずは十分に笑わせろ」である。
僕にとっても仕事をする上で一番頼りになる哲学。

さっきまで笑わせていた(笑われていた)人が言うから効くのであって、ずっとシリアスな人がシリアスなことを言っても「またか」である。
ずっとシリアスな展開でも驚きがないので、感情が動かない。
逆もまた然りで、シリアスな場面なほど笑いも作れるというもの。
「笑わせたければできるだけ人物を切迫した状況に追い込め」である。

本作の監督はまだ結構若いようなので、都合の良い部分やセリフや編集にその辺りが見て取れる部分もあるけれど、物語作りの本質がとてもしっかりしているように思う。
キャラクター作りもとても良かった。
シリアス展開に中に突如現れるアクションシーンも、いい感じに虚をつかれたし熱かった。
どうしてもやりたかったのだろうな。
勢いやよし。
「事実に基づいた」の事実が強すぎて過度の演出が敬遠されてしまうけれど、どちらかといえば「とあるタクシー運転手の物語を語るためにこの事件を舞台として使った」と考える方が近いのかなと思う。

韓国映画といえば食事のシーンがいつもすごくいいなと思うのだけれど、今回もやはりとても良かった。
小さなちゃぶ台を囲んで、鉄製の器に詰められたご飯やキムチやよくわからないスープや惣菜をつつく姿には、強く韓国の文化を感じることができる。
映画の後は韓国家庭料理を食べようと、いつも思う。
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