10円様

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜の10円様のレビュー・感想・評価

4.4
「タクシー運転手 約束は海を越えて」

なんて邦題からは想像できない重たい映画。途中何度も目を伏せたし、何度も涙腺が緩んだ。事態の本質を知った何も知らぬ人は、そこで何を思いどう動くのだろう。力なきものが虐殺される光景を、「他人の事」ととして傍観できるだろうか。

広州事件。1980年5月18日から27日に発生した民主化暴動である。チョンドゥファンらが起こした粛軍クーデターが発端であり、民主化を叫ぶ学生運動から市民暴動まで拡大した。市民は戒厳軍の武器庫を襲撃し武装。デモ参加者は20万にのぼり、鎮圧のため動員された武装した軍、警察は2万5千人以上だったという。そして死者は市民、政府含め160名以上とされる。更に驚くべき事は、この多くの非武装市民に対しての武力鎮圧が「虐殺」と認められたのは、2018年に入ってからだ。
現代の韓国の若者は「広州事件」の事をよく分からないと言う。それは我々の世代が連合赤軍の事を、更に下の世代が阪神大震災の事を知らないのと同じで、どんな凄惨な歴史も幸か不幸か風化していくという事実があり、映画化というは後世に伝えるための一つの手段なのだと思う。それに映画的脚色や偏向があっても良いではないか。

主人公のキムマンソプは守銭奴であり軽妙な男であるが、実に温情があり正義感がある男だ。これを演じるソンガンホが実に上手い。広州市を目の当たりにした狼狽ぶり、広州市民と食卓を囲む時の楽天さ。大事を成すより目先の人を救うタイプのようだ。対して外国人ピーターは報道の正義を成すため犠牲心もとわない。そんな二人が互いを諌めたり、感化されたりしながら真実を守る姿は感動できであった。フィルムカメラ越しに写る市民への暴行は悲痛他ならなく、これがリアルなんだなと思ってしまう。

もちろん映画的娯楽要素は散見される。タクシーでの救出作戦やカーチェイス。そこに伴うのはやはり自己犠牲。しかし映画は映画だと思えば、これはテーマを助長してくれる演出なんだろうと受け入れる事ができる。


少々ネタバレ




ラスト付近、広州から逃げる2人は検問所で足止めされる。そこで軍人の1人が2人の正体が分かってしまう「ある物」を発見するが黙認して2人を通してしまう。劇中では軍人は残忍なロボットやモンスターの様にしか描かれていなかったが、軍人もやはり歴史の犠牲者であると静かに語るシーンであったのが印象深い。そしてその「あるもの」はとても上手な伏線の上に成り立っていた。

鑑賞後「ホテルルワンダ」を思い出した。
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