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華氏911のNMのレビュー・感想・評価

華氏911(2004年製作の映画)
4.0
素敵なストーリーのわけはないので個人的には見たくもないテーマではあったが、やはり観て良かった。
この監督はやっぱり作り方が上手いんだなと感じた。事態は恐ろしいが、映画としては素直に面白く観られるよう作ってある。
トランプだけをこき下ろしているわけではなく、その前政権や有権者たちの行動についても掘り下げている。
もちろんアメリカ以外の国の人々にも得るものがある。
日本は豊かだという思い込みが国力の低下した今でもまだ何となく残っているが、やっぱりそうでもないよなと改めて認めさせられ悲しい。

先進国アメリカでさえこんなことが起きうる。これを忘れてはならないと思い知った。
アンケートを取ればまともな意見が国民の大多数だし、統計も非常にまとも。
にも関わらずこのような政権が誕生してしまったという事実。
そして非人道的な政治(個人的には特に公害隠しの件)は見過ごされ、熱狂とともに多くの人々はどんどん妥協していった。

一時は多くの支持を得ていた決断も、政権が変わるとあれは失敗だったのだと批判され、そちらに矛先が逸れる。

ひどい事件が起こった後に新法が成立する過程には注視が必要だ。
みなその時の感情で賛成するが、しばらくするとやっぱりちょっとおかしかったのではと考え出す。その繰り返しは世界で何度も起きているようだ。

恐怖を煽り、弱者を無視し、理性ではなく感性に訴え、事実を捻じ曲げ、情報を操る。ヒトラーの方針は現代でも有効らしい。
買収と汚職で、メディアも州の調査結果も司法も保健局も信用できるものが何もない。
事実を把握できていれば対応できた問題もあったが、それもできなかった。
結果として子ども、老人、貧困層から順に命を奪われたり生涯の健康を失っていった。
私自身、騙されず空気に流されず真実を見出し正しい判断をすることなどできる保証などないと実感させられた。

長い間の隠蔽が徐々に明らかになり、立ち上がる人々が現れた。周りが止めても、他の仲間がどこにいるか分からなくても、とにかく自身の判断で立ち上がった人々。
集会では大勢の前で堂々と抗議の声を上げる人も次々と現れた。(観る限りでは特に女性が多い様子)
日本が同じような状況に陥ったとき、こんなふうにみな主張を訴えられるか、私自身はできるのか、自問した。
抗議することや疑問を呈することがまるで悪いことかのように見られる日本。自分を信じて「それは違う」と言える人はどれだけいるだろう。

中盤。
時間を遡ってオバマ政権時代を取り上げる。いかにして真反対であるトランプ政権へとつながっていったのか。

教育者はじめ公的な職業に就きながらも過酷な労働と貧困ライン以下の低賃金しか得られていない人々。
教師たちは自身のことはもちろん、毎日見つめてきた子どもたちの未来のためにも団結したのだろう。
数十人だったストライキは多くの同業者を巻き込んで行った。
まず誰かが立ち上がらなければ大規模な運動に発展しなかった。誰がどれだけ早く始めるかが大事。

そして大人の作った社会で傷いた学生たちも立ち上がる。
権力や社会のおかしさに気づいた子どもたちは学び、準備し、手を繋いでいった。彼らを見くびっていた大人は対応できなかった。
選挙権のない彼らが、政治に関心のなかった親たちを動かした。子どもだけの運動にみえても、親、近所、同業者、当然全て連動し影響を与え合っている。

その当時オバマは判断を誤り、一気に支持を失った。
困っている人々はオバマなら私たちを必ず分かってくれると大きな期待をしていた。それを裏切ってしまったダメージは大きかった。期待されているときこそ慎重な行動が必要。

冒頭私はトランプ政権にヒトラー共通する流れを感じたが一緒にするのは単純かと思った。するとやはり後半彼の映像が出てきた。完全な比較などないのだから歴史を顧みるのは間違いではないと語られていた。頭の中を見透かされた気分。私など多く取材を重ねた監督からすれば大多数の一般人である一人だ。

雰囲気だけでなく、実際にその経緯に多くの共通点があったようだ。
ヒトラーもムッソリーニも、最初はみな彼を、おかしいだけのやつだから敢えて地位を与えて利用しようとした。
実際にナチの戦争犯を裁いた老人が、我々国民は今あの被告と同じことをしていると静かに心を痛めていた。

アメリカは民主主義の国というイメージがあるが、それでも有権者の半数しか投票していない。
同じ候補者の連続当選を何年も許しながら世の中が変わるのを願うのは狂気、というセリフが印象に残った。確かに間違いない。
そして政治に興味がなく右へ倣えの日本ではもっと恐ろしいことが起きてもまったくおかしくない。
日本の与党は、政治に興味がないのは良い国だからでしょうと笑顔で嘯く。不安を煽り変革の意欲を削ぐという独裁者の常套手段は、ヒトラーだけでなく現代でも至るところでひっそりと行われているのだろう。
自分や日本は間違った判断をしないという思い込みは捨てるべき。

鑑賞した今日に至っては先日来の大規模な戦争すら起きている。
また時間を取ってじっくり観たい作品。特に選挙前に観るのは良さそう。私はきっと放っておくとまた政治への関心が薄くなってしまうだろうから。
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