Oto

騙し絵の牙のOtoのレビュー・感想・評価

騙し絵の牙(2021年製作の映画)
3.8
大好きな吉田大八監督の新作を試写にて。

「騙されたいあなたへ」というよりは「仕事で成功したいあなたへ」という映画だと感じた。

原作者友人の編集者が持ち込んだ企画がきっかけと聞いたけど、今作が完成するまでのプロセスが、今作の表現しているテーマと密接に絡み合っているように感じた。作中の出版社がかなり大胆な企みを実現していくけれど、今作自体が「大泉洋を主人公に当て書きをして、映像化を前提に企画を進め、本屋大賞も獲った」という異色の作品なので説得力がある。

「どんな大泉洋を観たいのか」がテーマらしいけれど、たしかに魅力的な主人公。序盤のサラブレッドギャグとか少しうるさくも感じたけれど、編集を天職として「どんなことをしてでも面白くて難しいことを実現する」過程はかっこいいし観ていて気持ちがいい。商業映画でよくみるザ・大泉洋とは一線を画していた。

「書かせるしかない人間だから」というセリフが刺さったけれど、この覚悟を持てる人じゃないとどの職業でも名を馳せるのは難しいのかもしれない。自分も「作らせること」を仕事にしているけれど、作ることを諦めきれないし、何がなんでも実現させたい、何を犠牲にしてでもこの人と仕事がしたい、みたいな強い情熱を持っているのかは怪しい。

最近話した芸能の方が「会社に守られている人は愚痴ばっかりだから新しいことやっている人と一緒にいたい」と言ってて胸がチクチクした。
自分も打ち合わせでは「まぁこんなもんでしょ」って感じで、「立ち食い蕎麦ルネッサンス」とか「名作文学聖地巡礼」みたな企画出して、上司や得意先から見える「お利口な自分」を守っているような節があるからこそ、営業も交渉も厭わずにトリニティを玩具と割り切って没頭する速水がすごく魅力的に映った。

『すばらしき世界』の津乃田とは対照的というか、勝負どころでは自分の力だけで粛々と進めているしたたかさがあって、頼まれていないことや望まれていないことを、自分のリソースを使ってどれだけやれるかがサラリーマンクリエイターの活路なのかもしれない。一方で、目先の売り上げや話題化ばかりに気を取られる危うさというのも描かれていて、彼が欲して得ているものが一体なんなのかという虚しさにまで気が向く作りもよかった。DXが進んでいるのはどの業界も一緒。

高野の、自分が推していた企画や人が理解されず、時期が経ってから横取りされるみたいな辛さもすごく共感したけれど、結局フィジビリティやコストを気にしながら実現できることの面白さなんてたかが知れていて、実家を助けたいとか、好きな作家の本を自分が編集したいとか、損得や採算を超えた衝動みたいなものっていいなと思ってしまった。

部下の実家で本を買うとか、担当商品の売れ行きを見に行くとか、撮影現場まで会いに行って銃の話をするとか。小説を買った女の子から動機を聞くとか、過去の原稿を全部読んで飛行場まで会いに行くとか。他の人ならやらないことに面白さがある。

出版業界を4年かけて取材したらしいけど、それに基づく誠実な描写が物語を支えている。もちろん、そこでちょうどよく逮捕される?父さん倒れる?伝説の作家みつかる?みたいなご都合主義的展開はあるにしても、出来事にちゃんとリアリティがあって、企画会議にしても、雑誌の特集内容にしても、発売日の店頭でのダービーにしても、高野の結末にしても、一つ一つが実存する出来事に見えた。その分IQが高いセリフも多かったと感じる、季刊とかKIBAとかスッと入っては来ない。

名優たちの芝居ももちろんだけど、高野のたぬきへの批評とか、ニュースが出た後の経営陣の反応とか、記者発表で面食らう役員とか、ギリギリあり得るというラインを上手く攻めている。「3Dプリンター銃製造事件」とかも実際にあったし。

宣伝が「絶対騙される!ネタバレ厳禁!」と銘打っているけど、例によってそのようなミスリードが本質の映画ではない(というかこれというどんでん返しはない)と感じたので、シャマランの映画を観るときのような「騙されるの楽しみだ〜!」という心意気で観ることはお勧めしないかも。

そもそも「8度騙される!」なんてことを言ってしまったら、映画のシーンというのはどれも何らかの意外性や騙しを含んでいるし、そんな売り方しなくても十分面白いのに。騙し絵の牙というタイトルの意図も気になった、人によって見え方が異なるというような展開ではなかった。原作は読んでいないのでわからないけど。

変わった演出や表現というのはあまりなかったけれど、配役は見事だった。「謎の男リリーフランキー」とか予告の時点で笑ってしまうし、小林聡美も序盤の葬式から彼女らしいレトリックが満載でさすが、斎藤工の無駄遣い、ファッション撮影以降全く登場しない國村隼もよかった。
カメラワークの講座で、FIXショットは役者の芝居を目立たせたいときに使えと習ったけど、まさに豪華キャストの芝居に頼った映画というか、舞台にもなりそうなオーソドックスな見せ方が多かった。エキストラの数とか屋上の空中ショットとかお金あるな〜と感じる部分はもちろんあれど。
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