あなぐらむ

PTUのあなぐらむのレビュー・感想・評価

PTU(2003年製作の映画)
4.8
旧ユーロスペース(桜丘町にあったやつ=シアターN渋谷)で鑑賞。

アドとか見るとタイム・サスペンスっぽい話のように思えるが、実際にはさほどサスペンス色が強い映画ではない。
むしろ非常に小説で言う「ノワール(クライム・ノヴェル)」色の強い映画。
タイトルになっているPTUとは、警察の機動捜査隊、日本でいう警邏課と機動隊を合わせたような部署。街を常にパトロールして回る制服組で、チーム(小隊)で行動しています。ベレー帽が目印。この期間にトーさんはテレビドラマでもこの題材を扱っていた。

物語は組織犯罪課(日本でいうマル暴)のコワモテ刑事サァ(ラム・シュ)がチンピラとのイザコザから拳銃を紛失したことに端を発する。
駆けつけた当番のPTU小隊のリーダー、ホー(サイモン・ヤム)はサァと同期で友人。実際にはすぐに報告する必要があるが、昇進が近いサァを思ったホーは、報告を朝まで遅らせ、自分達も強力してサァの拳銃探しをする事に。ところがイザコザを起こしたチンピラグループのリーダーである組織のボスの息子が殺された事から、事件は重案組CID(犯罪捜査課。日本でいう捜一)のエリート警部チームをも巻き込んで意外な展開を見せ始める。果たして朝までにサァは拳銃を見つける事ができるのか。ルールを破ってしまったホー達PTUチームにとっても、それは責任問題に発展する。

本作では、出て来る人間は誰一人として所謂「善人」ではない。サァは権力をカタに暴力組織に一目おかれて好き勝手しているし、ホー達PTUの面々も情報を得るためには巧妙に証拠を隠して拷問も厭わない(この辺、近年の香港の状勢を見ていると切ない)。彼らの行動原理は決して社会正義ではなく、むしろ個人の情、義であったり組織内の仲間意識であったり、自らの保身であったりときわめて人間的なもので、それが絵空事でないキャラクターの厚みとなり、独自のダークな味わいを醸しだす。
そして何よりも印象的なのが、夜のチムサァチョイの人の気配の無い路地、怪しげなビル街といったロケーション。トーさんお得意のスポット・ライトでコントラストをつける映像が、ギラギラしていない、今までにない香港の「夜」を鮮烈に描き出し、まるでPTUチームと一緒に魔界巡りをしているような感覚に観る者を誘う。
これは「マッスルモンク」でも同様の感覚があり、恐らくトーさんの描きたい「夜」のイメージなんだろう。
またサブプロットとして描かれる、車上荒しと少年の乗る自転車の悪魔的なイメージも秀逸で、静寂の中ガシャン!、ガシャン!と割れていく車のガラスと、深夜にも関わらず自転車で通り過ぎていく少年の姿が異様な緊張感を映画に与えている。こんなにシンプルに魔界が描けるという事。

所謂スター映画ではないのでキャスト的には非常に地味だが、作中を通してクールに、冷静に小隊長を演じるサイモン・ヤムの存在感、今や演技開眼したラム・シュの小心者なのに狡猾さをどこか感じさせる人物造形は見事。彼ならあのオチも何となく許せてしまうというもの。
エリート警部役のルビー・ウォンはいかにもジョニー・トー好みのルックス。ケリー・リンやヨーヨー・モン等、彼の映画には涼しげな横顔の女優がよく登場しますが、彼女もその系統。一貫して聡明なイメージですが、クライマックスにはひどく人間らしい側面も見せてくれる。
PTUチームの紅一点にはイーキン・チェンの(当時)のモトカノ、マギー・シュウ。なんか青木さやかそっくりなんだが、気丈な女性警官をシャープに演じている。レモン・コーヒー頼んでました。

どうやってオチがつくかがキモの映画でもあるので詳細はカッツアイ、まずは開巻、アバンタイトルのシーンからじっとセリフや映像を見ていく事をオススメ。88分の尺の中で、無駄になっているシーン、カットはひとつも無し。トーさんの手法である反復によってリズムを出していく演出、静寂と緊張感を極限まで突き詰めた果てに炸裂する銃撃戦は、本作でも存分に楽しむことができる。
パンフレットによると本作も「ザ・ミッション」と同じくトーさんにとっては「習作」であったという事。それ故、監督の個性がとてもストレートに作品に出ている気はする(どんどんこの色が深まるのではあるが)。完成までに2年間も要したというその一風変わった映画世界をぜひ味わって欲しい。
第23回の香港電影金像奨監督賞を受賞。
ちなみに本作以後、共同監督であったワイ・カーファイは銀河映像から独立、銀河映像自体も売却されたそうで、そういう意味でも貴重な映画。(現在は知らん。映画秘宝の記事による)