ヨーク

ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!のヨークのレビュー・感想・評価

4.0
『ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!』もうこの邦題だけでかなり惹かれるものがある。だってただの北欧メタルじゃなくて崖っぷちなんだよ。まぁメタラーなんて常に崖っぷちを行ったり来たりしているような気もするが、それでもここまで開き直って俺たち崖っぷちだぜ! と言われたらやっぱ気になるでしょう。なりませんか。そうですか。
まぁでもメタルなんて大抵どこの文化圏でもニッチな音楽ジャンルになってしまっているような印象で、もっと言えばオタク的な負の情念が堆積されて面倒くさくてややこしくて、ぶっちゃけ友達にメタル好きな奴とかいたらきっと要注意人物のカテゴリーに入れてしまうようなそんな気がする音楽ジャンルだと思うのだ。大分偏見が入っている気もするが。
でもそれは「大抵の文化圏」での話で北欧では違うのだと勝手に思っていた。これも俺の単なる偏見だが北欧諸国に於けるメタラーはオーディンやトール神のように崇められていると思っていたんですよね。完全に俺の勝手なイメージなんだけど。だって数あるメタルの中でも北欧メタルっていうジャンルがあるくらいだしさ、そういう尊敬されるポジションなのかなと思ってたんですよ、何となく。でも本作を観てみるとそうでもないんだなぁ、というのがビシバシ伝わってきてその辺面白かったですね。何ていうのかな、例えるなら日本でフリーターしながら「俺、HIPHOPで食ってくから」とか言ってるのと変わらない感じの痛々しさというか、まぁどんな国でも音楽一本で生活するのは大変でしょうけど、本作の主役たちも基本的に仕事の傍らにバンド活動をしてるだけだしメタル音楽というジャンルも周囲の人たちから理解されている感じではないんですよね。家族からでもやかましいゴミ音楽ばかり演奏しやがって、みたいに思われてたりする。そういうところはメタルの本場と言われる北欧でもそんなもんなんだな、というのは面白かったですね。
でもまぁそういう障害は映画として当然描写される部分であろう。何にも躓くことなく主人公が成功していくだけの物語なんてつまらないですしね。よくある音楽青春モノの映画ならバンドメンバー同士で音楽性の違いやら恋愛の絡む三角関係やら売れるために自分たちのスタイルを曲げるかどうかみたいな葛藤やらで物語が展開していく。もちろん本作にもそういう部分はある。最初に書いたように「崖っぷち」なメタルバンドの物語だから色んなドラマはあるんすよ。淡い恋愛はもちろん、みんな就職して音楽以外の生活があったりもするしね。でも本作のぶっ飛び方は凄かった。中盤までは割と真面目な音楽青春ムービーなんだけど、ある出来事をきっかけに物語がどんどん荒唐無稽でトンチキな方向へと進んでいくんですよ。それが最高に面白かったですね。
だってタイトルにある崖っぷちとか言われても比喩的な意味だと思うじゃん。そうじゃないからね。もうバカなんじゃねーの、と思うほどにストレートに崖っぷちでしたから。本作で描かれた物語はその辺りから若者たちのリアルな青春音楽劇から離れてある種のオカルトや神話の領域へとスライドしていったと思う。仕事終わりに友人と集まって好きな音楽を演奏するといった日常的な文化性ではなく、神話的な非日常性のある文化としての音楽へと変容していくのだ。そして日常的であろうが非日常的であろうがその文化の根本には宗教的価値観がある。人生を彩る生誕や婚姻や死別はどんな文化圏でも宗教的儀式と結び付けられる。本作でのそれがメタル音楽なわけだ。言うまでもなく埋葬という行為も宗教的な行為だが、本作でのそれは本当に素晴らしかったし、そういった通過儀礼を経てこそ人は前に進むことができるというメッセージはある意味ではとても社会的で教育的な映画だよなぁ、と思いますよ。いやホントに。ネタバレがあれなので詳しくは書かないですけど死を乗り越えるための文化的宗教的行為としての音楽映画だと思いますよ、本作は。
終末シンフォニックトナカイ粉砕反キリスト戦争推進メタルという体裁を保ちながらもその辺割と普通にいいこと言ってる映画なのでそこのバランス感覚は面白いですよね。基本おバカな映画だけどその辺はよく考えられてるんじゃないかなと思う。みんなキャラも立ってたしそこも良かったですね。
いやー、面白かったすよ。あのジャケットはレコード屋とかレンタル屋で見かけたらジャケ買い(ジャケ借り)してしまうと思う。まぁ本作もジャケ買いするくらいのノリで気楽に観たらいいんじゃないですかね。
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