ラウぺ

ホワイト・クロウ 伝説のダンサーのラウぺのレビュー・感想・評価

3.8
ソ連の伝説的バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの亡命に至る半生記。
『愛と哀しみのボレロ』のモデルのひとりであり、ニジンスキーの再来と言われたヌレエフの亡命は1961年という冷戦の最も厳しい時期ということもあり、センセーショナルな事件として語り継がれてきました。

映画は幼少期をシネスコサイズで色調を抑えたモノトーン、青年期を黄色味を抑えた古いフィルム調のビスタサイズで表現していますが、青年期は亡命に至るキーロフバレエ団のフランス公演とそれ以前を行き来し、そのあたりが少々分かりにくい印象がありますが(どうせなら、過去の描写は色調はそのままにシネスコサイズとするなど工夫があっても良かった)、亡命に至るまでのヌレエフの人となりが丹念に描かれ、類まれな才能とそのパーソナリティがどのように形成されていったのか窺い知ることができました。
ソ連を一回も出たことのなかったヌレエフがフランス公演中に体験した西側世界のさまざまな事象がヌレエフにどれほど影響を与えたか、また、ソ連という体制が異能のダンサーにとってどれほどの足かせとなっていたのかを丁寧に描いていきます。
ヌレエフにとって亡命はその直前までは当人にも予想外の出来事であり、突如としてそこに追い込まれた動揺が異様な緊張感をもって描かれており、それまでの抑え込まれた表現から一転して緊張の高まる描写はこの映画のヤマ場。亡命に至るまでの心の動きがヌレエフ自身になったような感覚で体験できます。
亡命までがテンポの悪い映画と捉える人も居るかもしれませんが、サスペンス映画ではなく、あくまでヌレエフの心の動きを描く物語として、この丁寧さはむしろ評価したいと思います。

ヌレエフ役のオレグ・イヴェンコはタタール劇場の現役プリンシパルとのことで、そのバレエシーンはまさに本物の見事さ、ヌレエフの同室のダンサー役としてセルゲイ・ポルーニンも出演していますが、バレエのシーンはほぼ無し。
ヌレエフの教師であるプーシキン役を今回監督を務めるレイフ・ファインズ自身が演じていますが、生粋の英国人でありながらセリフはすべてロシア語。
ロシアを舞台とした映画でも登場人物がすべて英語を話す作品も多いなかで、本作では多国籍の登場人物のすべてが母国語を話しており、その真摯な姿勢に好感が持てました。
今回監督に専念したいということで、プロデューサーに強引に説得されての出演とのことでしたが、抑えた演技の中にも指導者として確固としたバレエ像をヌレエフに伝える姿勢は映画に確かな深みを与えていて印象深いものがありました。

エンディングの音楽はチャイコフスキーの「眠りの森の美女」より間奏曲。ヴァイオリンのソロはリサ・バティアシュヴィリ。
なぜか公式サイトやパンフレットには何も触れられていませんが、彼女らしい繊細な演奏を堪能できます。
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