Oto

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密のOtoのレビュー・感想・評価

4.0
「続編にエドワードノートン参戦!」のニュースをみて、見逃していたのを思い出して鑑賞。

常に想定外を与えてくれる秀逸な脚本の快感に浸りながら、この巧みな企画の面白みを言い当てられなくて、物語としてわからない部分はないのに観終わってからどこかきょとんとしてしまったので分析。

1幕:人物と事件の時系列の紹介
・自殺と思われる著名ミステリー作家の死体が発見されて1週間、作家と最も親しかった看護師が屋敷に呼ばれ、匿名依頼された私立探偵と警察が親族の捜査を始める。
・家族はそれぞれ嘘をついているが、嘘をつくと嘔吐してしまう看護師をきっかけに秘密が暴かれる(不倫、二重受給、出版権剥奪)。

2幕:看護師視点の倒叙サスペンス
・実は鎮痛剤とモルヒネを打ち間違え、彼女と家族を守るために作家の指示通りにアリバイを交錯する。作家は自殺するが、彼女は秘密を守り抜く。
・探偵は看護師を捜査の相棒に選ぶ。彼女は証拠の隠蔽を続けるが、侵入の跡が続々と発見される。

2幕:遺書の公開による子息との協力
・家族の予想に反して、相続はすべて看護師に行われる。混乱した一家に紛糾される彼女を子息が救い出し、分け前と引き換えに協力を申し出る。
・看護師は母の不法侵入を脅されても相続の放棄を断るが、薬物検査の結果のコピーが脅迫として送られてくる。さらには検死施設が焼かれているのを目撃し、探偵から逃げた後で脅迫で指定された場所へと向かうと、毒をもられた家族の一員が瀕死の状態のためすべてを覚悟して救急車を呼ぶ。

3幕:告白と裏切りの真相
・病院で真実を告白するが、すでに子息が探偵に明かしていた。遺族の前で自らの罪を告白しようとするが、実は全ては子息の術中であった。薬を入れ替え、過失致死に陥れることで相続を諦めさせようとしており、探偵依頼や脅迫も彼の仕業。
・看護師は瀕死の家族が助かったと偽って、子息の殺害の証言を引き出す。怒ってナイフを持ち襲いかかるが、ナイフは偽物。子息は連行され、看護師は家族を金銭的に救うことを決める。

と書いてみてスッキリしたけど、謎が深まるミステリー→バレないか冷や冷やするサスペンス→協力して逃げるバディアクション→すべてを回収するヒューマンドラマという風に、2時間の中でジャンルがコロコロ変わっていることがわかる。
『天国と地獄』『パラサイト』なんかもこの類だと思うけれど、「ミクスチャムービー」とでも言うべきか、飽きない斜め上の展開が続く。
これは「構造」としての面白さ?:https://twitter.com/toropiqo/status/1403606513512452097?s=20

意外とこの映画の肝は「1幕」にあるような気がしていて、個性的で区別しやすい人物を短時間の尋問でさらっと理解させている。
身体的な特徴(顔、髪、杖...)が分かりやすいキャスティングなのももちろんだけど、やっぱり設定がすごく面白くて、「死に際になってもこれは次作のネタになるぞとメモってしまうような大御所作家」と「嘘をつくと吐いてしまう、家族想いの移民の看護師」が秘密を抱えていて、そこに家族全員が遺産目当てで敵対してくる(味方を装う人間もいるけど...)という秀逸な構造。

葛藤がユニークで、「援助をして甘やかしすぎたせいで、子孫の自立を妨げてしまい、一家の対立を生んでしまった」という基点が見事だな〜と思った。息子が出版権を持っているとか、教育費のあてにされているとか、あらゆる問題が作家を中心として起こっているというシンプルな図式。

でもやっぱり、映画が立ち上がったのは「2幕」で、自らの死を受け入れた作家が、訪れた娘に「囲碁が落ちただけだ」と偽って、助けようとする看護師を丸め込もうとするシーンで胸が騒いだ。建前を見せた後で本音を同時に見せられるのが、映画表現の醍醐味だな〜と感じた。尋問でも各々の回想(秘密)と受け答え(建前)を両方見せていた。これはどちらかというと表現の面白さで、言語化しづらかった。
「もし自分を過失で殺してしまう相手を庇おうとして自殺を選ぶ人がいるとしたら?」という仮定からのスタートだったらなんとなくストーリーが見えてくるような気がする。企画のアイデアはここらへんから生まれたのかなと予想。

後半は一番の味方が一番の敵だったという分かり易い裏切り。キャップがこういうヴィランとして使われているのは新鮮だったし、探偵の面白いところは、気づきをすぐに発表せずに寝かせるところにあるな〜と思った。
古畑任三郎と同じく、もう出会った途端に隠し事には気付いていたうえで、茶番に付き合ってあげると言うのが定石なんだな。

終盤の「Knives Out」の出すタイミングとかも完璧だし、タイトルの意味がクライマックスで腑に落ちる映画は傑作ばかり。嘔吐、コップ、封筒、トイレ、マリファナ...あらゆるプロップが回収されて見事としか言いようがなかったし、最後で立ち位置が入れ替わるのとか、掴んだ凶器が偽物だとかもわかりやすい視覚表現でいいな。
EDの "Sweet Virginia"も最高。英国人が南部を賛美する歌という背景なんだろうか。無言で一家の敗北を映す潔さにしびれる。

テーマは「与えた分だけ与えられる」という当たり前のことなんだけど、全ての悪役とヒーローの違いはここにあって、自分ではなく総合の幸せを考えられる優しさがあるかというところに落ち着く。

クリスティ作品や『殺人ゲームへの招待』は連想したし、実際に参考にしたらしいけど、『危険なビーナス』と同じく屋敷ってロマンがあるな。閉鎖的な空間に大勢を入れるとほぼ必ず軋轢が生じるという性と、『下女』や『パラサイト』のように弱者の下克上は誰しも応援してしまう。

最近見た番組で若い子たちが物語に裏切りは求めていない、あらすじを読んで心の準備をしてから映画を見ているという話をしていて、VUCAの時代にもうそれ以上の不確実性を観客は求めていなくて、安心して楽しめるお決まりを欲しているのかもな〜と思ったりした。意外性よりも共感が重視され、人と違うことよりも人に真似されることがステータスのいま、ミステリーが下火の中で今作のヒットは希望かもしれない。
Oto

Oto