ハル奮闘篇

天気の子のハル奮闘篇のレビュー・感想・評価

天気の子(2019年製作の映画)
4.8
 新海誠監督の新作「すずめの戸締まり」が今日11月11日から公開されますね。とても楽しみです。

 さっそく私的な話で恐縮ですが、息子が新海監督の大ファンでして。青春真っただ中の高校時代に「君の名は。」を観て衝撃を受けたようです。多くの方に「映画ファンになった決定的な1本」があるように、彼にとってはそれが「君の名は。」だったようです。(ちなみに僕自身の1本は「小さな恋のメロディ」でした。皆さんの「映画ファンになった決定的な1本」、すごく関心があります。)
 息子はさらに、映画好きの父に勧められた「秒速5センチメートル」を観ると、若い感性でみるみるそのメッセージを吸収し、父より遥か深いところまで理解して父を驚かせました。その後、商業デビュー作「ほしのこえ」に遡って全作を何度か観ているようで、新作「すずめの戸締まり」も公開初日の今日観に行く、と張り切っています笑
 親としては、子供が何か好きなものを見つけてイキイキしている姿を見ることほど嬉しいことはないわけで、彼にそんな「素敵なギフト」をくださった新海誠監督には、僕としても特別な思い入れがあるのです。

 さて。僕自身の好みで言うと「秒速5センチメートル」と「天気の子」です(笑)。内に向かう映画、外に向かう映画、ある意味、対照的な2本ですね。

 「天気の子」はいわゆるディストピア映画の一本ですが、その社会とそこに生きる人々の姿を、大変な説得力をもって描いた魅力的な映画でした。

 魅力の1つ目には、そのディストピア、反理想郷的な未来像として(隠れた独裁、官僚による横暴、精神の抑圧や情報管理をされた世界を描くのではなく)雨が降り続き、太陽が見えなくなり、やがて水没していく世界として描かれていることです。もちろん、既に何十年も前から警鐘を鳴らされている地球温暖化の結果として描かれているのだと思います。

 スウェーデンのグレタさんが「あなたたち大人が利益を優先して燃料問題から目を背けた結果、私たちの夢と未来を奪った!」と怒りの声をあげたことは鮮明に憶えています。
 新海監督はこの地球温暖化に対して、「そんな世界を作ってしまった僕たち大人には間違いなく責任の一端がある」とコメントしていて、その思いがこの映画を作るきっかけになったのだと思います。

 2つ目には、その舞台がニューヨークやロサンゼルスではなく「東京」であること。馴染みのある場所が水没している光景はやはりインパクトが大きいです。新海監督の一連の作品が評判になった一因には街の描写の緻密さがあると思いますが、この「天気の子」での新宿界隈の描写の「リアル」は尋常ではありません。実物を撮影する実写映画ではなく、すべてを描かなければならないアニメーションで雨の東京をこんなにリアルに描いたのは、この映画の舞台になっている世界をできるだけ「実は我々がいま直面している未来」として日本の観客に見せようとしたからに違いありません。

 そして魅力の3つ目には、そんな世界で懸命に生きる主人公の帆高(ほだか)と陽菜(ひな)の姿です。この二人、名前がまたいいですね。監督は意図的に「前に突き進む少年少女」としてネーミングしたそうです。

 彼らはマクドナルドで出会って以来、意気投合、楽しく笑いあって過ごしています。大人の目には陰鬱に映る雨ばかりの世界、希望がないように見える世界でも、二人が笑っていられるのは「精神的にめっちゃタフだから」「めっちゃ前向きな性格だから」だけではないんですよね、きっと。

 彼らが物心ついた時から、そこに格差はあって貧しさはあって、それが当たり前の中で暮らしてきているんですね、彼らは。帆高は家出してきているし、陽菜も母を亡くしているし。陽菜にビッグマックを驕ってもらった帆高が「16年の人生で一番おいしい夕食だった」と言います。彼はどんな16年間を過ごしてきたのか。
 そして新海監督の映画に出てくる少年少女はよく働きます。宮崎駿監督の映画のキキや千尋のように。

 中盤、陽菜は祈ることで特定の地域を晴天にできる能力を身につけますが、その代償として彼女の存在そのものが奪われることになると二人は気づきます。ここから物語が急展開しますね。

 「帆高が陽菜を救い出した結果、世界はふたたび雨続きになる」という物語の展開に、公開当時、一部では「個人的な恋愛感情で社会を犠牲にするとは、何たることか!」というお叱りの声があったようですが、僕はその話を聞いて、なんとなくモヤモヤしていました。

 しかし、それについては、敬愛する町山智弘さんがキッパリと反論されていて、溜飲を下げてくれました。以下、著書からの引用です。
 
 「かつて日本人は、目の前の自分が愛する人よりも、世間のほうを大事にしたことがあった。お国のために愛する息子や夫を戦場に送り出した。 帆高に対して「大人になれ」と言う人もいるだろう。でも、「大人になれ」と言った大人たちが作ったのが今の世界だ。毎年、すごい暑さや山火事や豪雨や洪水で人が大量に死んで、極地の氷が溶けて沈みゆく世界だ。これが経済や国家を優先させた大人の世界の結果だ。 だから、たったひとつの間違いなく大事なことは、自分の愛する目の前の人を命を懸けて戦って守ることだけではないか。君の愛する人と世界が戦うなら、世界全部を敵に回してもいい。世界のほうが絶対に正しいなんて誰が言える?」
 町山さん、アツい。大好きです(笑)

 ふたたび世界に雨が降り続くことになるのを承知で、帆高は迷いなく陽菜を救い出します。そして叫びます。
 「もう二度と晴れなくたっていい! 青空よりも俺は陽菜がいい! 天気なんか狂ったままでいいんだ!」
 主題歌で「♪愛にできることはまだあるよ」と歌われる歌詞が自分の中にストンと落ちてきます。

 ちなみに。この映画のラストシーンはハッピーエンドなのか?
 町山さんは、宮崎駿監督がいくつかの映画の中でその答えを描いている、としてこう記しています。
 「人間が長い間かけて変えてきたものが元に戻っただけなんだと。」
 「これは滅びではなく、はじまりなのだ。」