もものけ

ハミングバード・プロジェクト 0.001 秒の男たちのもものけのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

その先にあるものって、辿り着かないと、わからないものなのよねぇ〜……。

高速通信を売りにする企業で、通信の保守をするアントンは、同僚である従兄弟のヴィンセントから、あるプロジェクトを立ち上げて大儲けしないかと誘われる。
妻と子供がいるアントンは、家庭のある身で悩むが、つまらない仕事と取り入れられないアイデアを否定する社長に嫌気が差し、二人は共同で密かにプロジェクトを進めることにする。
それは、カンサス・シティのデータ・センターからNY証券取引所まで、一直線に最新の光ファイバーを敷設し、他を0.001秒出し抜いて高頻度取引を成立させる途方も無い計画だった。


感想。
演技力ピカイチの早口男ジェシー・アイゼンバーグが、これでもかというくらい捲し立てるトークで、ビジネスマンを演じるサクセス・ストーリー。
口先三寸なジェシー・アイゼンバーグが、ビジネスマンとして語りかけられると、まず疑い持たずに信じてしまうような、強い言葉のニュアンスに含まれた欺瞞を見抜くことはできないのではないかというくらい、言葉巧みに畳み掛けてきます。
インテリ・タイプを演じさせたら、右に出る者はいないくらい、ジェシー・アイゼンバーグの早口演技力が光ります、光ファイバーなだけに。

"機密保持同意書"が、ベンチャー企業ほど重要であることが、より理解できる演出が面白く、アメリカの企業のワンマン経営や、出し抜いて成り上がるサバイバルさが、よく描かれています。
まさに”Time is money”を見せつけられる演出に、こんな人間ばかりいる競争社会アメリカに、日本の終身雇用で成果もいらない企業が、勝てるわけがないことを痛感させられます。
なにせ、実話ですからこの映画。

たった30センチ四方の地中工事に対して、10年間のリリース契約という破格さが、あっという間に95%もの許可を契約してしまうスピードで、既に冒頭で描かれるため映画として盛り上げる障害は、どうやって描くのか愉しみになるくらいです。
ところが、次のシーンではいきなり1ミリ秒の誤差が発生してしまい、理想化のヴィンセントと現実主義のアントンが衝突する大きな壁が出てきて、一気に盛り上がります(笑)
もうこの辺から作品に釘付けになっております。
サクセス・ストーリー系の映画の、面白くみせる手法が守られていて愉しいです。

生真面目で神経質な、いかにも技術者的であり、薄い頭頂部がチャームポイントであるアントンを、「キルチーム」では鬼のような兵士を迫力ある演技で魅せたアレクサンダー・スカルスガルドが演じておりますが、別人のように見えて凄いインパクトです。

揺るぎない直線への執着心で、あらゆる場所に敷設させるための、思案を重ねた設備が驚くほどであり、通常使うことなどないような重機や機械が、どれほどコストがかかり、設営や搬送などが大変なことかを、技術者たちとの会議で伝える演出がスリリングです。

次々と起こる問題へ対処する二人の意気込みに、成功への情熱が表現されており、スリラー・タッチにもなっていて面白いです。
ヴィンセントは余命を賭けて勝負に出て、アントンは投獄を賭けて勝負に出るという、崖っぷちな展開です。
そこに縮めなくてはならない、光ファイバーの技術的問題もあり、単純なストーリーでない面白さがあります。

やるだけやって変わらず、悶々とした日々で湧き上がる発想の転換。
機器の数を減らすことで、あっさり、達成できたアントンの喜ぶシーンが印象的で、笑ってしまいます。

距離が伸びれば伸びるほど、速度に影響を与える物理配線を用いるという発想と、技術の進歩が目まぐるしく変わるコンピュータの世界で、直線という安易な発想の高いリスクに見合うリターンが賭けであるように、マイクロ波タワーに、新しいマイクロ波形の理論を合わせて、とんでもない速度になってしまう結末は皮肉的で、欲に取り憑かれた、ヴィンセント達の努力が報われず終わるラストには、"金"に固執する物質主義社会の典型のように見えました。

冒頭に仕込んだ伏線が、電話一本で通信速度規制を起動するアルゴリズムを起動させ、一気に会社へダメージを与えるシーンには、優秀な技術的を蔑ろにして失った企業へ、警告のような風刺で痛快です。
速度だけに囚われてしまう皮肉でもあります。
ローテクな電話回線に仕込んだテクニックは、スパイ映画のようでした。

昨今の世の中、企業利益が物の売買ではなく、その価値を取引による売買で決めるだけの、ゼロサム・ゲームであるマネートレードを、アントンを悩ませた生産者を蔑ろにした社会を痛烈に風刺していて、ウォール街主義のような世の中をシニカルに演出しています。

余命幾ばくもなくなり、事業に失敗して全てを失って気付くヴィンセントを、神の大地を汚して冒涜した"アーミッシュ"の村人との交流で締めるエンディングと、ハイパースローモーションで描く雨の雫の対比構図が幻想的な美しさから、儚さを感じさせます。
「16ミリ秒の人生だったら?」
「100年生きた人と同じくらい長く感じられるよ」
この二人のやり取りが印象的でした。
最高の速度を求めた結果が、自分の人生を縮める結果になる、寓話的な物語でもあり、しんみりと心に響く名シーンでした。

所詮負け犬の遠吠えでもあるラストでもありますね。
散々人々を"金"の力で欺き、神すら冒涜した結果なので、失敗した人のみすぼらしい姿が、教訓として訴えかけるようです。

非常に素晴らしい作品だったので、5点を付けさせていただきました!!
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