あーさん

ビル・エヴァンス タイム・リメンバードのあーさんのレビュー・感想・評価

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ネタバレではないですが、ドキュメンタリー映画という性格上、詳しい内容に踏み込んで書いてあることをお断りしておきますm(_ _)m 知りたくない方はスルーして下さい!



ビル・エヴァンスというジャズピアニストのことはもちろん知っていたけれど、恥ずかしながら数曲しか知らないし、彼のアルバムも持っていない。
たまたま持っていたスタンダードジャズのベスト盤の一曲目に入っていてよく聴いていた"WALTZ FOR DEBBY"が大好きだというだけ。

でも今作の存在を知った時、絶対に観たい!と何故か気持ちがザワザワした。

ジャズはほんの少しかじった程度。
たまに手持ちのCDは聴くけれど、生で聴くのはロックやポップス、クラシックばかりで、ジャズのライブにはほとんど行ったことはない(唯一聴きに行ったのが、上原ひろみの大きな箱でのコンサート)。
そんな初心者🔰の私でも、今作を観る前と後では、ビル・エヴァンスの曲を聴いた時に、何かしら心持ちが違っているのではないか、と感じるような心震えるドキュメンタリーだった。。

彼の人生にはいつも影が差し込むのだ。
ノッて来た矢先のバンドメンバーの突然の事故死、自身の浮気による長年一緒に暮らした恋人の飛び込み自殺、結婚生活の破綻、最愛の兄の自殺、、幸せの後には必ず大きな不幸(喪失)がやって来る。
この中の一つだけでも耐え難いというのに…。
その度に彼は打ちひしがれ、ドラッグに走り、腕は注射の痕だらけ、身も心もボロボロになりながら、それでもピアノだけは弾き続けた。

けれど、そんなことがありながら弾いているように全然思えない。。
生真面目な雰囲気の彼はどこかミュージシャンらしくなく、そのピアノからは、彼の繊細で唯一無二の音が紡ぎ出される。センチメンタルで切ないけれど、決して悲しいのとは違う。
人生に絶望を感じるような音ではなく、逆に整然としていて、目を閉じて聴いているといつしか心が癒されるような、主張し過ぎないのに個性的な彼の奏でる音に私は虜になった。

近しかった音楽関係者、親族、彼に関わった人達からの貴重なインタビューの数々。
彼がどんな人物で、どんな人生を生きたのか。
そして、どんなに素晴らしいミュージシャンであったのかが、それらから浮かび上がる。

仕事で偉業を成し得る人は、大概24時間そのことを考えている。
彼は恋人もいたし、結婚して子どもも持っていた時期もあったからそうではないようにも見えたが、誰かといる時も、常に心は自分の中に向いていた。
いや向いていたかった。でないと、自分が自分でなくなる不安にかられるのだ。。
だから、どんなに人に囲まれていても、幸せのように見えても、心は孤独だった。
ある意味自分勝手にしか生きられない、不器用な男。
そのことについて、パンフレットの中でジャズ評論家でありジャズ喫茶の店主である後藤雅洋氏が"彼自身の矛盾"そして "ジャズ(表現者)の闇、業の深さ"と解説している。
とてもよくわかる文章なので、深く知りたい方はご一読を。映画ではわからなかった細かいところが補完されるようになっていると思う。

ビルは新しい恋人も得て精力的に活動している中、新しいメタドン治療の為病院へ向かう車中で、喀血して亡くなった。
メタドン治療とは、ドラッグ中毒者の更生治療法で、少し前に観た映画"ボブという名の猫"でも出てきていたのが記憶に新しい。

恋人のローリーは彼の死を受け、"私は救われた気分で幸福だった。だってビルの苦しみが終わったんだもの。"という言葉を発したという。
それほどまでに、、


人生って何だろう?

辛くても音楽があるからあそこまで生きられたのか?

音楽があったから周りの人を巻き込み、不幸がたくさん訪れたのか?

素晴らしい音楽を創り出した多くのミュージシャン達が、ドラッグやお酒に溺れ早死にするケースが後を絶たない。

それは、不幸なのか?

天国と地獄をどちらも味わうような人生。

それは、ある意味選ばれし者の幸せであり、同じように不幸でもある。

しかし、普通の人の何倍も濃い、ドラマティックな人生を生きた彼のことを思うと、その価値は長さではないと言い切れる。

私が今作を観て強く思ったことは、

"生きよう"

死ぬ時までは、懸命に生きよう、だった。

今年、私はビルが亡くなった歳と同じ歳を迎える。

ビルがそうであったように、自分自身を最後まで全うしよう、、
そんなことを思いながら、私は令和一日目雨の渋谷の雑踏を後にした。



*追記

子どもの頃からからジャズを身近で聴いて育ったブルース・スピーゲル監督が、長い長い時間をかけてこの企画を温め、辛抱強くインタビューや取材を重ねてこのドキュメンタリーができたのだとパンフレットを読んでわかり、ものづくりをする人の熱意に心動かされた。
改めてビル・エヴァンスを理解し、愛している人でないと作れない、素晴らしい作品だと思った。

作中には、短いものも含め彼の曲が実に55曲流れているという。
その音に酔いしれるだけでも、今作を観に行く価値はあると私は思う。


もう一度、連休明けに観に行きたいと考えている。

→2018.5.8 2回目鑑賞
前回のサントラに続いて、やっぱりスコット・ラファロ、ポール・モチアン、ビル・エヴァンスのトリオのCD、2枚買ってしまった😆
心静かな夜に聴きたいな。。
あーさん

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