噛む力がまるでない

サイダーのように言葉が湧き上がるの噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

 青春模様を気取らずに描いた爽やかな作品だ。アニメ音楽レーベルのフライングドッグが小規模サイズの映画を設立10周年記念に持ってきたところに、レーベルの矜持のようなものを感じる。

 チェリーとスマイルの心理の動きをさまざまなモチーフを使いながら的確に表現していて、シーン一つひとつがかなり丁寧に作られている。例えば、二人がふだん見て聞いて感じていることを俳句とライブ配信という、まったく異なる方法で表現しているのを冒頭から見せることにより、生活範囲は同じでも二人がまるで違う世界にいるような感じが出る。
 それでも二人の表現のデバイスはスマートフォンであり、SNSやネットを通じて交流がはじまるあたりは至って今日的で奇をてらってはいない。フォローする・しない、いいねを押す・押さないの戸惑いが実にいじらしく、「たかがSNS、されどSNS」がスマートに表現されている。スマホのスリープ機能などを使った演出もうまいし、歳時記やレコードといったフィジカルもおざなりにせず、とにかくカタチと気持ちでコツコツとチェリーとスマイルを描いていこうとする作り手の姿勢が感じ取れて気持ちがいい。
 物語の舞台がショッピングモールというのも秀逸で、あれはもう小さな街のようなものなのでデイサービスがあってもなんら不思議ではない。下手に舞台を広げるより、うまく合理的に話をまとめるための設定の知恵が利いていると思った。

 結末まで想像した以上ものは出てこないし、正直ラストでチェリーが走ったり叫んだりするのは食傷味ではある。あと、横軸っぽいフジヤマのレコードの件が実はけっこうな縦軸で、話の推進力となるのはまったく構わないのだが、それならそれでもうすこしフジヤマの妻に言及しないとエピソードとしてはやや弱い。妻がスマイルと同じ出っ歯である点や、フジヤマ夫婦がチェリーたちと不思議と何か共通点があるとか、このへんは積極的に絡めてもぜんぜん悪くなかったとは思う。しかしながら、ミニマムな話として口当たりよく落とし込んではいるし、欲張ろうとしないところも評価しているので、あくまで佳作として楽しいのは間違いない。スケールの大きい夏休み映画が多く公開される中、こんぐらいのちんまりとしたチャーミングな映画があるのは好ましい。

 主演の市川染五郎と杉咲花はとても好演しているのだが、フライングドッグの10周年記念の映画としてはやはりプロパーの声優で固めた方がレーベルのコンセプトに合っているんじゃ……と思わなくはなかった。