海

はちどりの海のレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
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ウニへ
久しぶり。会ったことはないけど、ひさしぶりと言わせて。ついこのあいだまで14歳だったはずなのにわたしは、気づいたらもう大人だ。一人だと気にならないけど、仕事を早退するのにいちいち報告してるときや、友達が遠い知らない人みたいな顔して結婚について語るその顔を見てるとき、自分はもう大人なんだな、って感じる。ほんとはあんまり、腑に落ちてないんだけどね。ちょっと前、ママと喧嘩した。きっかけはつまんないことだったけど、後悔するとわかってるのにわたしは言ったらいけないことを言ってしまって、そのまま夕方遅くまで、泣いたり、大声出したり、手に持ってたものを床に投げたりして喧嘩した。わたしは言った。わたしはもう、家族であるということに、とらわれたくない、ママの重荷になりたくないよ。わたしはもう大人だから、だれかに傷つけられても、苦しめられても、自分でどうにかできるから、ママには、わたしに縛られた時間を捨てて、自分の好きなように生きてほしい。ママは、こう言った。自分みたいな母親をもって、海たちはかわいそうだね、いつか海が気になってるって言ってた服のお店に行ったとき、何も買ってあげられなかったことがあったね、ごめんね、良い母親じゃなくて。いったいなにが、ママにそんなことを言わせるのか、その正体はわかってても、あまりにおおきすぎて、よく見えないのに、心底それが憎かった。知らないひとの声、知ったかぶったひとの声、世間一般論とかいう言葉の凶器。わたしは泣きながら言った。何度もしゃっくりと唾を飲み込みながら言った。わたしたちには、なんにもなかったかもしれない。だれかがそれを、不幸と呼んでも、ママを酷い母親と呼んでも、わたしがわたしをかわいそうだと思わなければ、わたしはかわいそうな子供じゃない。わたしはしあわせだった。わたしたちはしあわせだった。あたりまえの親子なんか、どこにもない。ウニ、もうわかっていると思うけど、家族がかたちになるまでには、ほんとうにほんとうに、長い時間がかかるんだよ。それは、子どもが大人になるくらい長くて、すぎた時間を思うとどうしても泣いてしまうくらい、長い時間で、たぶん死んでも、ううん死んだあとも、そのかたちは変わり続ける。いろんな音を外からもちかえって、内側でひびかせてる。わたしは知ってる、いつかのもう終わった哀しい過去を、永遠に続いていくみたいにあわれみながら生きてる人のことをたくさん知ってる。その人の目に、世界は、どんなふうに映ってるんだろうね。わからなかったことを、ぜんぶわかったとき、ゆるせなかったことを、すべてゆるせたとき、あなたのみている世界は、どのくらい今と変わるんだろうか。どのくらいだれかを変えるちからを持つんだろうか。影の落ちる商店街も、色あせた貼り紙も、屋上から見る夕焼けも、家の玄関も、夏の日のサンルームも、ぜんぜん違うふうに見えるかもしれない。わたし、どんなひとの、どんな物語でも、そこに居るときは、不思議と安心する。わたしの好きな、物語のなかの少女たちのなかには、絵を描くことや、物語や詩を書くことが好きな子が、いっぱいいる。その子たちは自分が、物語のなかにいることも知らずに、ちがう物語のなかのだれかを友だちにして、大事に胸にかかえてる。だからときどきおもうの。わたしも、どこかのだれかにとって、物語のなかの誰かなのかもしれないって、たいせつな、ゆいいつの、友だちなのかもしれないっておもう。わたしはじぶんが傷つくことが怖くてたまらない、臆病者だけど、大事なひとのためなら、よろこんでこのからだを傷だらけにしたい。だって知っている。傷つくことは悲しいけど、残った傷跡はすごくきれいだってことを。あなたにしか咲けない花がある。ウニの左耳の、ピアスみたいなほくろが好き、それから、心が好き。自分以外のだれかってみんなエイリアンみたいだと思わない?ただ、そのひとの口から、そのひとだけのはなしをきくことは、そのひとの言葉から、そのひとだけのみている世界を感じることは、うつくしい、奇跡よ。わたし、ずっと描いてた猫の絵を、そろそろ完成させるよ、今日その子の誕生日なんだ。6歳になるの。ウニはなにを描いてる?ねえウニ、あなたが何処にいて、誰といて、何時にいてもきっと、わたしはあなたの友だち。
海より
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