ラウぺ

シェイクスピアの庭のラウぺのレビュー・感想・評価

シェイクスピアの庭(2018年製作の映画)
4.1
1613年、「ヘンリー8世」の上演中にグローブ座が炎上崩落、シェイクスピアは故郷のストラトフォード・アポン・エイヴォンに戻った。20年ぶりに帰宅したシェイクスピアに妻や娘たちは冷ややかな態度だったが、シェイクスピアは夭折した一人息子のハムネットのために庭を作ることを思い立つ。

『マイティ・ソー』の監督からポワロまで多彩な活躍を見せるケネス・ブラナーがその本丸であるシェイクスピアの晩年に挑む渾身の一作。
私はシェイクスピアのことはさっぱりなのですが、本作はシェイクスピアのことは分からなくても、純粋に家族の物語として楽しむことができます。

功成り名を遂げて故郷に凱旋した偉業の人でも、家族にとっては疎遠な存在であり、また留守中に起きた家族にとっての重大事も本当のことを把握しているとは言い難い。
封建的家父長制の真っただ中である16世紀の英国で、父親が一人息子に掛ける期待の大きさは絶大で、それも世間に無二の存在である偉人の息子ともなれば、その大きさは無限といってよいプレッシャーとなったであろうことは想像に難くありません。
遠くロンドンで活躍する父にとって息子からの便りは実像とは乖離した大きな期待となってイメージされ、その死は晩年のシェイクスピアの心に大きな空洞を作っており、一方で、女所帯となった故郷の家族にとっては、父の息子への期待がイメージの産物であったことからそのあいだに大きな溝が出来ていたのでした。

物語は次第に明らかになる息子の実像と、娘との立場や見解の相違、顧みることのなかった実家を守る妻のことを丁寧に描くことで、晩年のシェイクスピアの心のスキマの修復を描いていきます。
意図的にかセリフは演劇的で、少々勿体付けたような言い回しがいかにもシェイクスピア的という感じ。しかし、よく吟味されたセリフの数々が家族それぞれの微妙な心の機微を表現していて大変味わい深いものがあります。

物語の途中でソネットの献呈者と推測されるイアン・マッケランのサウサンプトン伯がシェイクスピアの元を訪ねてきます。
いかにも過去に様々なことがあったであろうと推察される意味ありげな会話もまた大きな魅力。

次女ジュディスの婚約者を巡る騒動と、ハムネットの等身大のイメージの再構築が物語の後半で和解の方向に進む過程は、シェイクスピアのこれまでの人生で積み重ねてきたであろう人間観察と冷静な判断力に裏打ちされたものであろうことを窺わせ、なんとなくポワロ的アプローチを思わせることが興味深いところですが、その帰結は家族の普遍的な信頼と愛情の物語として、深く大きな感動を生んでいると思いました。

コロナ禍のあおりで上映が中断されてしまい、せっかくの佳作が上映の機会を失っていることはまったく残念としか言いようがありませんが、劇場が再開されて多くの人に観て貰う機会が再び訪れることを祈りたいと思います。
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