rayconte

ルース・エドガーのrayconteのレビュー・感想・評価

ルース・エドガー(2019年製作の映画)
5.0
いい意味で期待を大きく裏切る映画だ。

「善人か?悪人か?」というキャッチコピー(日本版独自のものなのか?)は、良く言うとミスリード、有り体に言うなら映画の本質を見誤ったセンスゼロの文言だ。
それほど、本作では客観であるからこそ成立しうるストーリーテリングが観客の予想を超越してくる。

主人公ルースは貧しく苛烈な環境で生まれた黒人で、中流白人家庭の養子として育ち、文武の機会と才能に恵まれた少年だ。
現代アメリカ社会において人種で差異を見出す感性は、既に旧時代的なものとして一般的にも認知されている。
だがそれは、あくまで論理上の話だ。
人々の根底には深く人種意識があり、成功と失敗その両面において、白人と黒人では異なる見方をされてしまう現状は今もなお存在する。

この映画の最も素晴らしい点は、黒人が社会的な成功を収める際、そこには本人の人間性だけではなく必ず「人種」の要素が付加されるという、いわば「無意識の差別感情」に着目し、その空気を見事に表現したところだ。

ルースを取り巻く大人たちは皆ルースに対して表面上は好意的で、彼の成功を望んでいる。
だが誰もが、ルースを個人としてだけではなく「黒人」で「貧困層出身」であることを、程度の差はあれど付加している。それは白人だけでなく、社会で人種差別や偏見に晒されてきた黒人自身も、ルースを「黒人の模範的なモデル」に仕立て上げて黒人の社会的地位向上の材料にしようとしている。
いずれの立場においても、基本的にはルース自身の心や人間性は無視されている。
それこそがルースの抱える閉塞感の正体だ。

この映画を語る上でどうしても欠かせなくなるのが「Black lives matter」運動だ。
既知の通り、BLMは黒人のみならずアメリカ支配者層たる白人までにも波及している。(BLMの説明は省く)
だがビリーアイリッシュは、BLMに参加する白人に対し、「白人が言うな」と罵倒した。
この意図は、黒人の問題は黒人にしかわからないのだから社会的に恵まれて来た白人が「黒人の命は大切」と叫ぶのは、高みの見物でしかないと批判しているのだ。
「黒人が暴力を受ける」のはBLMの表層部分でしかなく、その本質は「白人とそれ以外の人種が区別されている」ことをいい加減デフォルトしろということなのだ。
つまり、これはルースの抱える問題にイコールとなる。
映画は何年も前から企画されていただろうからBLMをフィードバックしたわけではないだろうが、上記の理由から本作はとてもタイムリーな一本となった。

人種差別にも多様性が存在し、そのすべての形式において誰かが苦しんでいることを、本作は見事に表現した傑作だ。

あと、この映画は音楽が素晴らしい。
要所で流れるテーマ曲は、不安で不穏な空気を体現した見事なスコアだ。
サウンドトラックにも注目してほしい。
rayconte

rayconte